連載小説

ウクライナを歩く(東大阪新聞掲載)

ウクライナを歩く1

これが革命なんだ。2013年12月、ウクライナの首都キエフの中心にある独立広場に立ち、人びとに押されつつ思わず口から出た。

2004年のオレンジ革命にはどこか和やかな雰囲気があったが、今回は違う。冷たく厳しい風が吹いてる。

ぎょう大きな舞台を作り、昼夜問わず演説、歌が繰り返されている。ウクライナ人は自分たちの思い、怒りを歌にGして訴える。ロシアに押さえつけられてきた歴史。そのなかで苦しんだ人びと。1991年に掴んだ独立。オレンジ革命。そして、このままだと再びロシアに従属しそうな現状……。

EUをめざしていたウクライナ。ところが、ここにきてヤヌコビッチ大統領がロシアと手を結んだ。ウクライナはコサックの国。人びとは怒り、立ち上がった。「ウクライナ革命!」と盛んに叫び、EU入りを強く訴える。

独立広場をバリケードで封鎖し、ここでヤヌコビッチ大統領に対する抗議活動が行われている。砂袋に雪を詰めて積み上げ、水をかけて固めたバリケード。そのなかに100万人が集い狼煙を上げた。大阪で例えるなら、JR大阪駅前で、東は阪神百貨店、西は中央郵便局、南は丸ビルの一帯が人で埋め尽くされている。一眼レフカメラと小型ビデオカメラを持ち、その中へ入った。まさに革命の中へ。

零下5度なのに独立広場は熱気で満ちている。人びとの怒りは最高点に達しているのだ。

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ウクライナを歩く2

人びとのエネルギーは頂点に達していた。こんなウクライナを見たことがない。どのような弾圧にも負けず、粘り強く戦う。これがウクライナ人の本性なのだ。

独立広場はまさに戦場化となしている。話し合いだけでは解決できないと判断した人びとは、銃をとり警察隊と激しく戦う。

車が火を放たれ燃えている。積み上げられたタイヤが燃やされ、黒煙のバリアができている。

暴徒化しそうな人びとを野党の代表クリチコは必死に抑え、ヤヌコビッチ大統領と話し合いを重ねる。クリチコはボクシングの元世界チャンピオンで、英雄的存在。

テレビ、新聞、ラジオも人びとを支持し、政権側の非人道的な蛮行を報道する。

デモに参加していた男が警察隊に捕らえられ、摂氏マイナス10度の路上で全裸にされた。その動画がユーチューブで世界に流された。警察隊に叩きのめされて病院に担ぎ込まれた男が、何者かに連れ去られ行方不明に。その状況を克明に記したブログが広まる。インターネット上でも次々と革命が取り上げられている。

政権側に付いているのは、東ウクライナのドネツィク、南ウクライナのヘルソン、そしてクリミヤ半島だけになった。独立広場のことをウクライナ語で「マイダン」というが、人びとの間では「マイダン化する」という新しい動詞が誕生した。つまり、独立広場のように政権打倒の砦を作るという意味で、革命を鼓舞する言葉だ。

ロシアは虎視眈々とこの様子を眺めている。内戦に突入すると、そこに踏み込み、クリミア半島はじめロシアの息がかかっている都市を手に入れようとしているのだ。まさに漁夫の利を狙っている。

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ウクライナを歩く3

厳しい寒さがかえって人びとの心を燃え上がらせる。気温は摂氏0度だが、独立広場は闘志で満ちている。7万人がここに集まり、ヤヌコビッチ大統領への抗議の声を上げている。

その猛々しい様をカメラに収めようとして、首にかかっている一眼レフを構え、手袋をとってシャッターを押す。指が寒さで痺れる。手袋をはめて撮影すると、ぶれて上手く撮れない。10分もシャッターを押し続けると、指が動かなくなる。

そこに、セバストーポリにいる友人イーゴリから電話がっかってきた。もう10年近く使っている旧式の携帯電話をとる。電話の向こうのイーゴリの声はいつもと違って棘があった。

「今、あなたは独立広場にいるのですね。あなたたち日本人には分からないでしょうが、そこにいる連中は頭のおかしな奴ばかりです。ウクライナはロシアと仲良くしなければなりません。ヤヌコビッチ大統領は正しいです」

そう言い放って、イーゴルは電話を切った。

軽い眩暈を覚えた。今の電話は何だったのだろう。普段は温厚なコンピュータプログラマーのイーゴルが、あんなに厳しい言葉を無作法に投げつけるなんて。今、ここ独立広場にいる人びととは正反対の意見を持っているウクライナ人がウクライナにいるとは。それも親しい友人の中に。

深呼吸して冷気を吸い込み、毛皮の帽子をとって、頭を冷やした。親EU派の西ウクライナと親ロシア派の東ウクライナの攻防ばかりを考えていた自分の浅はかさを自嘲した。クリミア半島は東ウクライナ以上に親ロシア派だったのだ。いや、ロシアだと言っても過言ではない。そのクリミア半島において、軍港のあるセバストーポリはまさにロシアそのもの。そういえば、ウクライナのどこに行っても道路標識はウクライナ語だが、クリミア半島だけはロシア語だ。そんなことを考えながら、自分の頭の中を整理した。

友人のビクトルが私の前にやって来て、笑みを浮かべてこう言った。

「東ウクライナはもう我々のものだ。後はクリミアだけだ。それも時間の問題だ」

そう言うと、「スラーヴァ・ウクライーニ!(ウクライナに栄光を!)」と雄叫びを上げた。すると、隣にいた美女が「ヘローヤム・スラーヴァ!(英雄たちに栄光を!)」と続き、ウクライナの旗とEUの旗を力の限り振った。

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ウクライナを歩く4

ヤヌコビッチ大統領官邸に市民がどっと入っていった。おそらく1000人を超える人だろう。カメラを携え、私もその群衆に紛れ込んだ。

豪華な庭、きらびやかな部屋――。「あいつは俺たちの金でこんな贅沢をしていたのか」と人びとは異口同音に怒りの声を発していた。庭にはダチョウまでいる。

「ヤヌコビッチは黄金の便器を使っている」と巷の噂を聞いていた私は、トイレを覗いた。確かに豪華な造りのトイレだったが、便器は黄金ではなかった。

あの威風堂々とした姿で「辞任は絶対にしない」と言っていたヤヌコビッチ大統領の姿はここにはない。ロシアへ亡命したのだろうか。

誰かが「ヤヌコビッチの飛行機が足止めされ、逃げられなかった」と騒ぎ出した。東ウクライナのドネツク空港からヤヌコビッチ大統領を乗せた航空機が飛び立とうとしたとき、国境警備隊が阻止したという。逃げるなんて、あの大きな身体の割に肝っ玉が小さい。何だか滑稽だった。ゴーゴリの『検察官』に登場する主人公フレスターコフの姿を思い浮かべた。

夜には独立広場に約1万人が集い、革命の成功を祝った。そこにヤヌコビッチ大統領の政敵、チモシェンコ元首相が車椅子姿で現れた。大統領選で敗れたチモシェンコ元首相は、職権乱用罪で実刑を受け、投獄された。ヤヌコビッチ政権が崩壊し、ようやく牢屋から出ることができた。

娘や野党指導者らが見守るなか、チモシェンコ元首相は力を振り絞って演説した。

「キエフがこんな姿に変わり果てたのは悲しい。でも、これがまさに産みの苦しみ。これからウクライナは本当の意味で生まれ変わる」

キエフは戦いで荒れ果てた。それと同じぐらいチモシェンコの姿は変わり果てていた。あの美しくて逞しいハンサム・ウーマンが……。

横にいた若い男が隣の女性に不平を言っていた。おそらく恋人同士だろう。

「ニーナ、せっかく成功したオレンジ革命を台なしにしたのはチモチェンコだぜ。ユーシェンコと仲違いして、ウクライナは身動きとれなくなったじゃないか」

青い目をしたニーナは男を見つめ、こう言い放った。

「彼女は昔の彼女ではないわ。ドストエフスキーもシベリアの牢屋の中で人間性を高め、文学を深めたじゃないの。チモシェンコも牢屋の中で、大きな人間になったのよ。彼女が大統領になって欲しいわ」

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ウクライナを歩く5

キエフの中心にあるマイダン(独立広場)は花で埋め尽くされている。「2月マイダン革命」で命を落とした100人近い同志を悼む人が後を絶たない。まだこれから輝かしい未来がある若者たちが、国の未来に命を懸けて戦い、そして散っていった。だが、その死は決して無駄に終わることはなかった。ヤヌコビッチ政権が崩れ落ちたのだから。

今日はマイダンに1万人もの人が集まった。ウクライナの国民的詩人タラス・シェフチェンコ生誕200年集会が開かれ、私もその仲間に入った。マイダンは人びとの異様な熱気で満ちていた。

「プーチンよ、出ていけ」「ウクライナのことはウクライナ人で考える」「タラス・シェフチェンコ、万歳」など、腹の底からの声が飛び交っていた。

シェフチェンコが生きたのは、専制君主ニコライ1世の治世と重なっている。農奴出身のシェフチェンコは、最初は絵の才能が認められ、次に詩の才能が認められ、世に出る。47年という短い人生だったが、専制政治と農奴制のなかで苦しみ闘った。

苦悩の末に彼が下した結論は、ロシア語ではなくウクライナ語で詩を書き、ウクライナ人としてのアイデンティティーを示すことだった。まさにウクライナの魂を詩という表現方法で表し、人びとに訴えかけた。ウクライナ民族の運命に思いを馳せ、反ロシアを訴え続けたシェフチェンコはウクライナ独立のシンボルとなっている。

集会に一緒に参加した古老の歴史学者セルゲイは私に向かってこう言い放った。

「今、ロシアは腕力でウクライナを押さえつけようとしている。何も今始まったことではない。シェフチェンコが生まれた200年前も同じだった。いや、もっと酷かった」

舞台を見ると、日本から来たシェフチェンコ研究者が立っている。自ら日本語に訳したシェフチェンコの詩を朗読すると、人びとは喜びの声を上げた。

セルゲイの妻ナタルカは歓喜し、「日本はやっぱりウクライナの味方だわ」と私の首に抱きついた。

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ウクライナを歩く6

ロシア軍は我が物顔でクリミアに入り込み、ウクライナ軍を追いだした。小競り合いはあったものの、ウクライナ軍は大胆な攻撃に出ず、クリミアを後にした。

クリミアに住む友人のことが気になっていたときに、セバストーポリに住むマーシャから電話が入った。

「家族を連れて、クリミアから引き揚げてきたの」

その声は荒々しかった。

すぐに彼女とダーリニッツァ駅近くのカフェで会うことにした。

午後2時の約束で、私は5分前にカフェに着いた。20分ほど遅れてマーシャがカフェの扉を開けて入ってきた。右手を胸のあたりに持ってきて小さく指を曲げながら私の前に座った。彼女の挨拶はいつもこうだ。いつもと違うのは、穏やかな彼女を怒りのオーラが包んでいることだけだ。

レモンティーを注文するや否や、彼女の不満が噴き出した。

「ロシアのやり方は信じられないわ。力ずくでウクライナを押さえつけたのよ。耐えられないわ」

コーヒーを啜りながら、私はただただ黙って聞くしかなかった。

「友だちのなかにはロシアを歓迎し、ロシア国籍になることを喜んでいる人もいるわ。でも、私はいや。私はウクライナ人なのよ」

気を悪くするかなと思いながらも、聞いてみた。

「でも、住民投票で決まったのでは」

「茶番よ、茶番。娘と一緒にママが住むキエフに戻り、クリミアの茶番劇がよく分かったわ。すべてロシアが仕組んだのよ」

やはりそうだったのか。ウクライナ国内でもめているときに、ロシアがかねてから狙っていたクリミアを奪い取った。まさに漁夫の利だ。ロシアからすれば、ウクライナに貸していたクリミアを返してもらっただけという考えだが、21世紀の世の中で、国境を武力で変えるのは信じがたい。ウクライナにとって屈辱だ。いや、世界にとっても屈辱だ。しかし、ロシアはそんな世界の声を聞き入れようとしない。

そこにセバストーポリのイーゴリから電話が入った。マーシャもよく知っているコンピュータプログラマーだ。

「クリミアは静かで安全です。ロシア軍が守ってくれているから…。僕はロシア人になり、そして金持ちになるんです」

携帯電話から漏れる声にマーシャは我慢できなくなり、私から携帯電話をもぎりとると、怒鳴った。

「裏切り者!」

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ウクライナを歩く7

暖かくなってきたので、キエフ大学の前にある公園を散歩することにした。

向こうからノッポのサーシャが歩いてきた。横には黒髪の美女がいる。近眼のサーシャは気づいていない。

少し声を張り上げて「サーシャ、久しぶり」と声をかけた。

サーシャは私に気づき、柄にもなく赤くなって「よう」と手を挙げた。黒髪の美女ははにかんで微笑んだ。

握手をするや否や、サーシャが切り出しだ。

「2人で君に会いに行くところだったんだ」

「それはちょうどよかった。今日はアパートで終日パソコンに向かって原稿を書く予定だったが、あまり外が気持ちよさそうだったので、散歩に出てきたんだ」

公園の中にある伝統的なウクライナ民家風のカフェに私たちは入った。私とサーシャはコーヒーを、彼女はミルクティーを注文した。

サーシャはもじもじしながら彼女の手を握り「僕たち結婚するんだ」と告げた。美女の真っ白い頬が薄紅色に染まった。

「おめでとう。よかったじゃないか」

私はごく単純に祝いの言葉をかけた。サーシャは続けた。

「革命の中で僕たちの心はしっかり結びついたんだ。アンナは共に戦った戦友なんだ。負傷した僕を親身になって看病してくれ…」

サーシャの言葉が終わらないうちにアンナが言葉を添えた。

「私をかばってくれたの」

2人は見つめ合って涙ぐんでいる。涙ぐみながらサーシャは続けた。

「家族だけで小さな結婚式を挙げるんだ。君にぜひ出席してほしい」

「ありがとう。もちろん、何を置いても出席するよ」

こちらまで温かい気持ちになった。と同時に、究極の状況で結びついたカップルはやがて離れるというジンクスが頭を過(ルビ/よぎ)った。

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ウクライナを歩く8

昨日飲んだサマゴン(自家製ウオツカ)がまだ残っている。目覚めたものの、頭が重い。キッチンへ行きお湯を沸かし、アールグレイを淹れる。好物のマリーナジャムを舐めながら熱いアールグレイを啜る。

リビングへ移り、カップを持ったままソファに腰掛け、テレビをつける。

ジュネーブでウクライナ、ロシア、米国、EUの代表が集って話し合っても、パスハ(復活祭)でキリル総主教が平和を祈っても、ウクライナ東部での争いは収まらない。やはり思った通りだ。こんなことでは、何も解決しない。こめかみを左親指で押さえながら、テレビを眺める。

ウクライナ東部ドネツクの様子が放映されている。ロシアの圧力に対して立ち上がった人びとの集会。青と黄色のウクライナ国旗があちこちで翻っている。

「ウクライナ万歳」と叫ぶ若者のなかにビクトルがいる。目が釘付けになった。ビクトルはキエフ大学で日本語を学び、通訳となった好青年だ。キエフにいるとばかり思っていたが、故郷ドネツクに帰っていたのだ。彼がキエフ大学在学中は、よくカフェでウクライナの将来について語り合ったものだ。

私は無性にビクトルに会いたくなった。故郷に帰ってウクライナの将来のために立ち上がったのだ。何もできないかもしれないが、何か手伝いたい。

そう思うと居ても立っても居られず、すぐに身支度して、キエフ中央駅へ向かった。ドネツク行きの電車までまだたっぷり時間があるので、キオスクで数種類の新聞を購入し、構内にあるカフェで読むことにした。

出発時刻がやってきたので、電車に乗り込み、ドネツクへ。

ドネツクへ着き、中心に向かった。その途中、賑やかな行進に出合う。太鼓とラッパの音楽に合わせて歌いながら、大勢で行進している。

「プーチン、フイロ! ラララ、ララララ…」

思わず噴き出した。フイロとは男の一物のことだ。ウクライナ人はまだユーモアを忘れてはいない。懐の深さを思った。

中心部の広場へ行くと、ウクライナ国旗を持った人びとで賑わっていた。ほどなくして、背の高い青い目をしたビクトルを見付け、駆け寄った。ビクトルはたいそう驚いたような表情で「来てくれたのですね!」と喜びの声を上げた。

私たちはハグと握手を繰り返し、再会を喜びあった。

「ずいぶん集まっているね」

ビクトルは笑顔で答えた。

「ロシアから送りこまれた奴らを押し戻さないとね」

やはりロシアの軍人がたくさん入り込み、ウクライナ東部を第2のクリミアにしようとしているのだ。

続けてビクトルは言った。

「奴らは1日500ドルで雇われているんだぜ」

お金に動かされてウクライナに混乱をもたらす人たちがいるのだと、腹立たしいような寂しいような心持ちになった。

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ウクライナを歩く9

「起きたかい」

目覚めてぼんやりしていると、ビクトルがコーヒーを持ってきてくれた。

ドネツクの外れにあるマンションの一室。周りは至って静かだ。

簡単な礼を述べ、コーヒーを啜る。ビクトルが淹れるコーヒーは相変わらず濃い。目が覚めた。

キッチンからレーナの声がした。

「朝食ができたわ」

ダイニングキッチンへ行くと、出来立てのデルニーが大皿に盛り付けられている。美味しそうな香りだ。

レーナの作るデルニーは格別だ。じゃがいもを擦り下ろして卵を混ぜ揚げるだけなのに、レーナが作ると特別な味わいのデルニーになる。ペロリと5枚平らげた。

残りのコーヒーを啜り、あと1枚かじった。

「レーナ、いい奥さんになったね」

レーナは少しはにかんで「ありがとう」と笑みを浮かべた。

カーチャが起きてきた。1歳になったばかりのチャーミングな女の子。ヨチヨチ歩きでレーナの足下までくると、レーナはカーチャを抱きかかえ、ほっぺたにキスした。赤ちゃん言葉でミルク粥が出来たことを伝え、子ども用の椅子に座らせた。

「カーチャ、おはよう」

私も赤ちゃん言葉でカーチャの目を覗きこんだ。カーチャは恥ずかしそうに指を噛んだ。

レーナにふうふうしてもらいながらミルク粥を食べるカーチャのあどけない表情を見ていると、ほっこりした心持ちになってきた。同時に、どうして人間は争うのだろうと素朴な疑問が湧いてきた。人間だけではない。動物はすべて争う。弱肉強食の世界だと自分に言い聞かせた。

そのとき、遠くで発砲音が聞こえた。ビクトルの顔が父親から男にすっと変わった。

「行こう」

そう言うと、玄関に向かった。食べかけのデルニーを頬張り、私はビクトルの後に続いた。

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ウクライナを歩く10

ビクトルと一緒にエレベーターに乗った。もう慣れたが、ガタガタのエレベーターで、いつ止まるのか分からない。錆びた金属の擦れ合う音が耳に響く。1階に着くや否や、発砲音の方へ向かって走る。ビクトルの大股に追い付くのは大変だ。

また、発砲音が響いた。ビクトルが振り返って、「ロシアに与(くみ)する奴らだ」と吐き捨てた。

銃声と同時に鈍い音がした。誰かが撃たれた。

近くで人が撃たれたかと思うと、急に恐ろしくなり、足が震えた。撃ち合う音が聞こえるなかで、冷静に考えられなくなっていた。ビクトルの後を追うだけで精一杯だ。

建物の陰に天然パーマの青年が倒れている。ビクトルが駆け寄り、大声で叫んだ。

「サーシャ!」

ビクトルはサーシャの亡き骸を抱きかかえ、歯を食いしばりながら泣き叫んだ。私も会ったことのあるビクトルの朋友だ。

その場に立ちすくんで2人の姿をただただ眺めるしかできない自分が歯がゆい。

ビクトルとサーシャは同じキエフ大学で日本語を学んだ同級生で、切磋琢磨した仲だった。

今、この現実を目の前にして、ビクトルのロシアに対する憎悪が頂点に達した。

「絶対にこの恨みをは忘れることはない。サーシャの分まで、命がけでロシアと戦う」

普段は温厚なビクトル。そのビクトルの口からこんな言葉が出るとは夢にも思わなかった。

目の前で起こっている現実を現実として受け容れられず、ぼんやり眺めていた。そのとき、頭の中の記憶装置が過去へとタイムスリップした。

1年前、ウクライナでは兵役義務がストップした。3年前、プーチンが「ウクライナにファシズムが台頭しつつある」と声を荒げていた。3年前から、いやもっと前から今のこの現実をロシアは虎視眈々と狙っていたのか。その頃、私たちはこんな現実が待っているとは全く考えていなかった。

来週は大統領選挙だ。

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ウクライナを歩く11

5月25日、大統領選挙の日。ドネツクは異様な静けさだ。426カ所ある投票所がほぼ全て親ロシア派武装集団に閉鎖されて、投票できない状況だ。

ビクトルは嘆いた。

「これが民主主義の国か。投票所に出向いてポロシェンコに一票投じたい」

立候補者は、チョコレート王のペトロ・ポロシェンコ、元首相のユーリヤ・ティモシェンコ、地域党の元幹部セルヒー・ティヒプコ、ハリキウ市長およびハルキウ州知事を歴任したミハイロ・ドブキン、右派セクターの統率者ドミトリー・ヤロシ。

キエフにいるサーシャに電話をした。

「サーシャ、キエフはどうだい。ドネツクは静まり返っているんだ」

電話の向こうは祭りのように騒がしかった。

「こっちはすごいぜ。投票所に人が押し掛けて、ごった返っている。皆、ポロシェンコ、ポロシェンコと歓喜の声を上げている。僕もたった今投票したばかりだよ。もちろん、アンナと一緒にポロシェンコに投じたよ」

「アンナも元気かい」

「うん、ありがとう。元気だよ。西ウクライナも選挙で沸いているよ」

ビクトルは、携帯電話から漏れる人びとの明るい声を聞きながら満足そうにしている。

電話を切るや否や、

「キエフはすごいことになっているよ」

と言うと、

「そうか。それはよかった。ここドネツク州とルガンスク州はゴロツキ連中に押さえつけられてまともな選挙ができないが、キエフでは盛り上がっているんだな」

と上機嫌になった。

「西ウクライナもまともな選挙が行われいる」

と付け加えると、ビクトルは安心した表情になった。

程なくして、サーシャからの電話が鳴った。

「ポロシェンコが圧勝した。決選投票はない。新しい大統領が誕生したんだ」

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ウクライナを歩く12

ポロシェンコ大統領の初仕事は東部の鎮圧だ。すぐに押さえ込めると思っていたが、計算通りにはいかない。政府軍と新ロシア派の武装集団との戦闘は日増しに激しくなる。

ドネツク空港から10キロ程離れているが、ビクトルのマンションまで発砲音が鳴り響く。発砲音を聞くたびに恐怖と怒りで心が固くなる。1歳になったばかりのカーチャは泣きやまない。レーナがだっこしてあやすが、収まらない。大人でも怖いのだから、赤子にとっては耐えられないのだろう。

電話やらメールやらでビクトルのところには次々と今現在の情報が入ってくる。親ロシア派を押さえこんだと思い安心していると、ウクライナ軍のヘリコプターが撃ち落とされた。ヘリコプターを撃墜できる武器はロシアからのものだ。プロ仕様だ。日ごと、死者が増え続けている。ウクライナ軍の間にも新ロシア派の間にも。出口の見えないまさに「戦争」へと入ってしまった。

ロシアは強気の姿勢で、たまった天然ガス代の請求をウクライナに迫る。払わないとガスの元栓を閉めると脅す。これからは先払いでないと、天然ガスをウクライナへ送らないと畳みかけるロシア。天然ガスの価格を上げ、ウクライナに揺さぶりをかける。プーチンはウクライナの出方をしたたかに見ている。

ロシア抜きで開かれた主要国(G7)首脳会議の翌日、ノルマンディー上陸作戦70年を記念する式典でポロシェンコはプーチンと顔を合わせた。48歳のポロシェンコ、61歳のプーチン。ドイツのメルケル首相が間に入り、2人は言葉を交わした。

その翌日、6月7日ポロシェンコは大統領に就任した。就任演説では、ウクライナ東部の親ロシア派に停戦を呼びかけた。1日も早く停戦し、これ以上の流血を防ぐ思いを述べた。プーチンも同意し、ロシアのメディアで発表した。

子ども向けの童話なら、ここでポロシェンコとプーチンは握手し、ウクライナとロシアは仲直りしたとなるが、現実の世界では難しい。

ビクトルが読んでいた新聞を握りしめながら言った。

「一旦ロシアは手を引くと見せかけて、どんどん軍隊やら武器やらをウクライナに持ちこんでいる。うそつきめ」

そのとき、玄関のベルが鳴った。レーナがドアを開けると隣の家族が荷物を持って立っていた。

まだ40歳を過ぎたばかりだというのに、疲れきった老人のような表情の隣人が頭を下げた。

「お世話になりました。家族の安全を考えるとここにはおれないので、キエフに住んでいる親戚のところに行くことにしました」

妻と小学生の息子は「ありがとうございました。さようなら」とだけ力なく言うと、男の後に付いていった。

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ウクライナを歩く13

ポロシェンコ大統領が和平計画を示した。親ロシア派武装勢力の武力制圧作戦を10日間停止。人質解放や武装解除を条件に、親ロシア派戦闘員の刑事責任免除やロシアから来た戦闘員の帰還保証など、かなり譲歩したものだ。

しかし、そんな呼びかけに応じるような輩ではない。まったく無視して攻撃を続ける。

ビクトルはこぼした。

「これ以上ここにはおれない。女房と子どもを連れて、キエフの親戚のところへ行く。君も一緒に行こう」

ここに留まる必要もなく、私はすぐさま応じた。

レーナは引っ越し準備を始めた。引っ越しといっても、身の回りのものを持って行くだけ。一刻を争う状況だ。

私たちはバス停へ向かった。

バス停は人でごった返していた。皆、ドネツク脱出者だ。「これはウクライナとロシアの戦争だ」とあちらからもこちらからも聞こえてくる。

バスはすぐにいっぱいになり、待ちに待った。どの人の顔にも苛立ちと焦りの色が浮かんでいる。

ようやく私たちの順番が回ってきて、バスに乗り込んだ。バスの中は埃と汗の臭いで鼻をついた。

席が埋まると、何の合図もなく突然出発した。

窓から見えるドネツクの風景はひどい。これは戦場でなくて、何であろう。

前の席でラジオを聞いていた老人が、振り向いて言った。

「停戦中止だ。期日がきてもロシア人が攻撃を止めないので、大統領は攻撃再開命令を出した」

ビクトルは、やはりこうなってしまったかという表情で腕を組んだ。そして、レーナとカーチャをきつく抱き寄せた。

「これから、ウクライナ軍は本格的な戦闘を開始する。ドネツクを脱出してよかった。家族全員であの世へ行くところだった」

そう言うと、ビクトルはどんよりと曇った空をぼんやり眺めていた。

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ウクライナを歩く14

久しぶりに自分の部屋に帰ってきた。キエフはドネツクとは違い、落ち着いている。

シャワーを浴びさっぱりしたところで、ビールを飲む。もちろん、濾過していない濁りビール。これに限る。ペットボトルに入った濃い色のビールをグラスに注ぐ。この音がたまらない。いっぱいになるや否や、グラスに口を持っていき、啜る。ソファーにもたれ、「うまいな、このビールは」と誰もいないのに、大きな声を上げる。

無造作にテレビのリモコンを押す。テレビ画面に信じられない映像が映し出された。

草原に横たわる人、人、人。死んでいる。バラバラに砕けた航空機の破片。開いて中身がむき出しになったスーツケース。荒っぽく死体を運ぶ男たち。

これはただごとではない。

アナウンサーの説明に耳を傾けると、アムステルダム発クアラルンプール行きマレーシア航空の旅客機ボーイング777が親ロシア派に撃ち落とされたという。乗客・乗員298人、全員死亡。

次々に映し出される映像を食い入るように見る。ビールを飲むのも忘れて、アナウンサーの言葉を一言一句聞きもらさないようにテレビにかぶりつく。

ドネツク上空を飛ぶ航空機を地対空ミサイルで撃墜。明らかに親ロシア派ひいてはロシアの手によるものだ。

ノートパソコンを開き、インターネットに入ると、この話題で書き込みがパンクしそうなほどだ。

マレーシア航空の航空機は3月に南シナ海上空で行方不明になったばかりだ。どうしてマレーシア航空ばかりなのだろうか。陰謀なのか。ただの偶然なのか。

世界中がロシアに抗議し睨みつけている。民間人を巻き込むなんて、常軌を逸している。撃墜された航空機には子どもも乗っていた。その一人一人の命を一瞬にして奪い取ったテロリスト。乗客にはエイズ研究者もおり、今後のエイズ研究の進展に影響が出てくるだろう、とアナウンサーの口調は強くなる。

インターネットでロシアのサイトを見ると、「これはウクライナの仕業」と捏造ニュースを流し続けている。馬鹿げている。どう考えても、そんなことはない。憤り、ビールを飲み干した。またグラスに注ぎ、一気に飲み干した。

テレビから流れる映像を見ているうちに、悲しい心持ちになってきた。

人間はいつまで経っても賢くならない。どれだけ殺し合いをすれば、納得いくのだろうか。

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ウクライナを歩く15

「ロシアに一杯食わされた」

電話を取ると、挨拶もなしにものすごい剣幕で話し始めた。

「イゴル、どうしたんだ」

「給料が倍になるとか何とか言われて、僕たちはクリミアがロシアになったことを喜んでいたんだ」

電話はクリミアの大学で化学を教えているイゴルからだ。

「いつも冷静な君が珍しいな」

「こんなときに冷静にいられるわけない。大学が閉鎖された。うちの大学だけなく、次々と閉鎖されている」

「それは悪い冗談か」

「冗談に聞こえるか。現実だよ、現実。まだ小さい子どもがいるのに、これからどうやって食べていけばいんだ。オクサーナもカンカンに怒っている」

美人で控え目な奥さんが怒っている顔を想像できない。

「それよりも、その前に腹立たしいことがあったんだ」

「どんなことだい」

「喜んでロシアのパスポートをもらうと、何と登録地がクリミアではなく、シベリアになっているんだ」

どういうことか理解できずに、黙っていると、

「僕たちはクリミアにいるけれど、クリミアの住民ではないってことだ。シベリアの住民として登録されているんだ。過去にタタール人が強制移住させられたように、僕たちもシベリアへ連れていかれる運命なのかもしれない。シベリア送りだ…」

イゴルは電話の向こうで涙ぐんでいる。

「君だけかい」

「皆だよ。僕たちはロシアに騙されたんだ。甘い果実を見せられて、喜んで齧ってみると、腐った肉だった。自分自身が情けない」

「やはりそうだったのか」

「そう言えば、ロシアには気をつけろとアドバイスしてくれていたね。聞く耳をもたず、尻尾をふってロシアになびいた自分が恥ずかしい」

胸に溜まっていたものを吐き出すと、すっきりしたのか、「じゃ」と言ってあっけなく電話を切った。

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ウクライナを歩く16

8月24日、キエフでは独立記念日の式典が行われた。フレシャーチク通りはお祭り騒ぎ。凛々しい軍人による行進や戦車を見ながら市民は黄色と青色のウクライナ国旗を振っている。ウクライナ人は国旗が好きだ。自らのアイデンティティーを誇示しているのだろう。

ウクライナがソ連から独立したのは1991年8月24日。その後、12月25日にソ連が崩壊した。70年間のソ連のくびきから解放された。散々いじめられたソ連(ロシア)からようやく逃れることができたのだ。我々はヨーロッパの仲間に入る。たとえヨーロッパがユートピアでないとしても、ロシアよりはましだ。ウクライナにはそんな空気で満ち満ちていた。

オレンジ革命を経て、ようやくヨーロッパの仲間入りをしようとしていた矢先、ヤヌコビッチ元大統領がロシアに寝返った。それに反発した学生たちが昨年(2013年)の11月に抗議を始めた。

これが表向きの動きだが、裏の動きもある。

思い返せば、昨秋若いビジネスマンのニコライが嘆いていた。30歳そこそこなのに、新しいインターネットビジネスで売り上げを順調に伸ばしている。

「僕のところにもヤヌコビッチの息子から手紙が来た」

「どんな内容なのだ」

「僕の会社を買い取るから寄こせ。買い取るなんて綺麗な言葉を並べているが、二束三文で差し出せという脅迫文だ」

「断わるとどうなるの」

「血祭りだよ」

そう言って苦笑した。

ニコライのような若いビジネスマンがどうにも我慢ならなくなって、抗議活動を始めた。学生たちがこれに合流したのだ。

ヤヌコビッチ元大統領に対する抗議活動だったのに、ロシアとの戦争になるなんて、若いビジネスマンたちも学生たちも夢想だにしなかった。今、まさに東ウクライナではロシアによる侵略戦争が繰り広げられている。しかし、これを「戦争」だと世界は認められない。認めると、まさに全面戦争になる恐れがあるからだ。

キエフで独立記念日の式典が行われている最中も、東部のドネツク、ルガンスクでは戦闘が激しさを増している。

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ウクライナを歩く17

ウクライナ政府軍と親ロシア派武装勢力の停戦が発効した。その後も小さな小競り合いは続いているが、概ね静まった。

東ウクライナのドネツク、ルガンスクの戦禍は目を覆いたくなるほど酷い。この地方の石炭を用いた火力発電がウクライナの電力供給の大半を占めているが、この状態だと、石炭が採れない。ロシアからのガスが制限されている今、必然的にエネルギーは電気に頼らざるを得ない。

「戦争」がいったん落ち着いたので、キエフの中心地にあるお気に入りのカフェへ行った。ベランダに腰掛け、コーヒーを注文し、タブレットを取り出してインターネットに接続した。キエフではどこでもWIFIがつながるのがいい。

運ばれてきたコーヒーをすすりながら、ニュースのサイトを開き、今自分がどんな状況に置かれているかを把握する。

そこに、キエフ大学2回生のアンナが通りかかった。金髪のチャーミングな彼女は、経済を専攻している。声をかけると、顔を輝かせ小鹿のように駆け寄ってきた。

「一緒にコーヒーでもどう」と誘うと、「ありがとう。嬉しいわ」と言って、私の前に礼儀正しく腰かけた。

彼女はいつ見てもエレガントだ。まだ少女のような表情を残しつつ、大人の女性の色気を獲得し始めている。

「久しぶりに会えて嬉しいよ。元気にしていたかい」

「私も嬉しわ。ここ数カ月大変だったわね。やっと落ち着いたみたい」

「油断ならないよ。ソ連ができる前、ウクライナ民族主義者たちはボリシェビキと4年間も戦ったんだからね」

「そうなの。私が生まれた時はもうソ連はなくなっていたわ」

「若いね。ジェネレーションの違いを感じるよ」

「それよりも、今日大学へ行くと、これから授業中に停電があるというの」

「ずっとかい」

「まずは、朝晩だけ停電になると先生が説明してくれたわ」

「大学だけかい」

「いいえ。友だちのマリアが言うのには、地域ごとに朝晩1、2時間停電になるの。それでも電力が足らなければ、キエフが一斉に停電になると言うの。それでも足りなければ、ウクライナ全土が一斉停電ということにもなりかねないの」

頷いて聞いてると、アンナがもっと恐ろしい噂話を教えてくれた。

「今でも、クリミアの電気の8割はウクライナ本土から送られているの。ウクライナ政府はクリミアへの電気を止めるらしいの。そうなると、またロシアが攻めてくるわ」

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ウクライナを歩く18

パソコンの前に座っていると、スカイプの着信音が鳴った。大阪に住む大学の後輩、井村武君からだ。こちらが夕方なので、日本は夜中だ。ウクライナと日本の時差は6時間。

マイク付きヘッドフォンを付けるや否や、井村君の甲高い声がヘッドフォンに響いた。

「先輩、やっとナスチャさんが日本に戻ってきましたよ」

「クリミアのナスチャさんかい」

ブロンドで青い目の可憐なナスチャの顔を思い浮かべた。25歳のときモデルとして来日し、自動車販売店のオーナーに見初められ、すぐに結婚。結婚式は阪急インターナショナルホテルで行われ、300人以上が集まり、派手な演出だった。その豪華さに招待者は異口同音に「芸能人のような披露宴だわね」と話していた。

色とりどりの照明の中で浮かび上がったナスチャの姿は、まるで天女のように美しかった。還暦前の新郎が彼女の美しさを引き立てた。

招待者の中には、「こんな年の差の結婚はかわいそうだわ」と憐れむ者もいれば、「あれだけの財産持ちと結婚した彼女は一生安泰だわ」と羨む者もいた。同じものを見ても、置かれている立場で感じ方が違う。

井村君が続けた。

「そうです。ケルチのナスチャさんです。昨年末に里帰りしたようですが、ロシアがクリミアを電撃的に併合したので、日本に戻ってこれなくなったんです」

「それは大変だったね。無事に日本に着けてよかったね」

「ウクライナには未来がないって、ナスチャさんは泣いていました。停電や断水はしょっちゅうあるようです。何日も店頭に食料品がないことも。飛行機もずっと飛んでいなかったようです。ようやく飛行機が飛び始めたので、日本に戻れたんです」

「パスポートはロシアのものに変えたのかい」

「それが、ウクライナのパスポートのままなんです。ロシアのことが大嫌いなんです」

クリミアの住民のパスポートは全てロシアのものに変えられたと伝え聞いていたが、このような例もあるのかと驚いた。

「ケルチからバスと船を乗り継ぎ、ロシアに入ってからからモスクワ経由で日本に戻ってきました」

「ウクライナのパスポートで、モスクワでよく無事だったね」

「なにせ彼女は女優(圏点)ですから」

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ウクライナを歩く19

ウクライナとロシアの停戦から1カ月が過ぎた。しかし、ウクライナ東部では、まだ小競り合いが続いている。

ロシア語のブラッシュアップのためにモスクワ短期留学中の友人、佐藤優子からフェイスブックのメールが届いた。

「ロシアでもウクライナ侵攻反対デモが起こっています。しかし、それに対する圧力はひどいものです」

彼女は神戸でロシア雑貨店を経営している。時折、自らロシアに買い付けに行く。今回は、昨年11月から続くウクライナ問題をロシア側から見たいと思い、2カ月のロシア語研修に参加することにした。

心の広い夫が「優子、僕が子ども2人と店の面倒をみるから、行っておいで」と言ってくれたので、今回のモスクワ行きが実現した。

良妻賢母の佐藤優子の顔を思い浮かべながら、スカイプで電話した。

数回の発信音の後、彼女の艶っぽい声がヘッドホンに響いた。

「スカイプで電話をくれるなんて、嬉しいわ。ウクライナは大丈夫?」

「キエフは落ち着いているよ」

「よかったわ」

「ロシアで国を批判するデモが起こっているんだね」

「そうなの。若い人が叫びながら練り歩いているのよ。でも、警察の取り締まりがきついわ」

「プーチンのやりそうなことだね」

「アクーニンも反対運動をしているのよ」

「人気作家のアクーニンが立ち上がったんだね。日本びいきで、『悪人』から自分のペンネームをアクーニンとしたユニークな人物だったね」

「そう。ブログやフェイスブックで自国批判をしているの。目を閉じ、耳を塞いで、ウクライナとロシアの間で何が起こっているのかを知ろうとせず、プーチンを盲信している人びとに警鐘を鳴らしているの」

「ロシアのなかにも、まともな人間がいたんだね。なんだか救われたような気持ちだよ」

秋の風が窓ガラスを叩いて、ガタガタ鳴った。

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ウクライナを歩く20

10月26日、総選挙が実施された。ポロシェンコ大統領が政治基盤を拡大するためだ。

翌日、選挙後について新聞記者の友人アレクセイに聞こうと、マイダン(中央広場)のカフェへ行った。約束の午後3時より30分ほど早く着いたので、ホットコーヒーを頼んで待つことにした。

隣の席で、若いカップルが政治について語り合っている。

「やっぱりポロシェンコ大統領とヤツェニュク首相が圧勝したわね。これでポロシェンコ大統領のポロシェンコ・ブロックとヤツェニュク首相の国民戦線が連立し、一気にEU入りだわね」

「そうだね。しかし、ドネツクとルガンスクの半分以上の地域で選挙ができなかった事実は悲しむべきことだ」

「東部は仕方ないわ。国が2つに分裂したのは悲しいけれど、東部と一緒になるのは無理なのよ。親ロ派が11月2日に独自の選挙を計画しているって言うじゃない」

「諦めるのは、まだ早いよ。総選挙で親ロシアの勢力が少数派になったので、これからが正念場。一気にモスクワ野郎を東部から追い出すときだ。独自の選挙なんか論外だよ」

「すんなりとロシアが手を引くかしら」

「今こそウクライナ魂を見せつけてやる時だ。東部の次はクリミア…」

「いくらなんでもクリミアは無理だわ。もうロシアになってしまったんだから。今回の総選挙など、どこ吹く風よ」

「そんなことはない。クリミアを取り戻すチャンスはまだあるよ」

「そうかしら」

そう言って、彼女は長いまつ毛を伏せてカップに手をもっていった。

そこにアレクセイが入ってきた。座るなり、勢いよく話し始めた。

「ポロシェンコ・ブロック、国民戦線に続いてリヴィウのサドビー市長が率いる自助党が伸びている」

「西ウクライナの底力だね」

「事前の世論調査で2位だったリャシコの急進党とチモシェンコ元首相の祖国は伸び悩んでいる。選挙は怖い。やってみないと分からない」

「リシャコもチモシェンコもNATO加盟を急ぎすぎて、国民が引いてしまったんだね」

「そういうことになる。これからポロシェンコ大統領は慌てずにじっくりと社会の安定を図り、経済を立て直すことから始めないといけない」

「EU入りも焦ってはいけないね」

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ウクライナを歩く21

新聞記者のアレクセイに連れられて、キエフ郊外の公園にやってきた。車の中で、アレクセイは運転しながらこう言った。

「東ウクライナからの帰還兵に会わせてあげるよ。インタビューするので、横で静かに見ていてね」

公園のベンチで座っていると、向こうから眼光の鋭い青年が歩いてきた。頭は丸刈りだ。

アレクセイが立ち上がって、握手を求めた。

「アンドリイ、よく来てくれたね」

「君の頼みなら、喜んで。そちらは」

「友人だよ」

アンドリイは私に握手を求めた。私は応じた。ごつごつした手に驚きといささかの恐怖を感じた。

アレクセイが口火を切った。

「早速だが、東ウクライナの戦闘はどうだった」

「地獄だ。ロシア人は一線を越えてしまった。我々はもう許さない」

そう言って、ジャンパーのポケットから何かを取り出して見せた。

アレクセイも私もぎょっとした。耳だ。紐に通された耳が4つ。アンドリイは続けた。

「これがロシア人に対する我々の答えだ。我々はロシアに攻め込んでいない。ロシアが我々の土地に踏み込んできて、ウクライナ人を残虐な方法で殺しているんだ。親友は、目をえぐり取られ、右手と右足を切り落とされたんだ。許せるか」

私が震えていると、アンドリイはさら加えた。

「ロシア人のことをもう人間とは思っていない。鬼畜だ。だから殺せるんだよ。俺は人殺しはしていない。戦場で戦っているだけだ」

気を取り直して、アレクセイが質問した。

「ドネツクとルガンスクで独自の選挙が行われ、ロシアの後ろ盾でウクライナから離れようとしているが、どう思う」

「あの地域の奴らはウクライナ人ではない。ロシア人だ。もう必要ない。クリミアに続いて、あの地域がウクライナから離れたお陰で本当のウクライナが誕生したんだ」

「本当のウクライナとは」

「ウクライナが一つになった。昨年の11月までは、富んだ人と貧しい人、成功した人と失敗した人、若い人と老いた人がばらばらに暮らしていた。今ではそんな差は関係がなくなり、手を取り合って」

先日のポロシェンコ大統領の演説が耳によみがえった。

「プーチンよ、ありがとう。ウクライナを一つの国にしてくれて」

皮肉たっぷりの演説をプーチン大統領はどのような顔で聞いていることだろう。そんなことをぼんやり考えた。

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ウクライナを歩く22

革命から1年が過ぎた。昨年11月、ヤヌコビッチ元大統領がEU入りを諦め、ロシアと再び手をつないだ。若者たちは立ち上がり、反対した。ここで路線を戻せば、今にような泥沼化には陥らなかった。

国内でもめているところにロシアがつけ込み、クリミアを分捕ってしまった。勢い付いたロシアは、クリミアの次に東ウクライナに攻め入った。

ウクライナに住む誰もがこんなことになるなんて考えもしなかったし、ましてや望みもしなかった。

11月21日の夜、キエフの中心にあるマイダン(独立広場)でこの1年を振り返る集会があると聞き、向かった。

マイダンは人でごった返していた。1万人はいるだろ。遺影がずらりと並んでいる。亡くなった人を偲び、すすり泣く声があちらこちらで聞こえる。

その中に、手を合わせて静かに祈っているアンナを見つけた。彼女はほっそりとした美人。私が密かに憧れていた人だ。鮮やかな絵を描く画家として画壇で認められつつある。もう2、3年会っていないが、美術雑誌では時々見ていた。

アンナの横顔は寂しげで頬がこけていた。彼女の前には遺影がある。覗いてみると、弟のボクダンだ。釣りが好きで、私を時折誘ってくれた。

私が近付いたのも気付かづに、アンナは熱心に祈っている。私も横にしゃがみ、手を合わせてボクダンの冥福を祈った。

しばらくして、アンナが私に気付いた。

「一緒に手を合わせてくれていたのね。気付かずに、ごめんなさい」

「いいんだよ。久しぶりだね。ボクダン、亡くなったんだね」

「そうなの。今年の初め、マイダンで亡くなったの。革命を何としても成功させなければばらないと意気込んで、出ていったわ。それが最後…」

「戦死したんだね」

「そうなの。こん棒で殴られるからって、手と足に雑誌をぐるぐる巻いて、その上からジャンパーを着て出ていったわ」

「殴られて死んだのかい」

「殴られた跡はたくさんあったけれど、それでは死ななかったわ。銃殺されたのよ。何発も撃たれたの」

言葉が出なかった。何発も撃たれて無残な死を遂げた弟を葬ったアンナ。その気持ちを考えると、胸が詰まった。

アンナの大きな瞳から涙が一粒こぼれた。私がハンカチで涙をぬぐうと、アンナの瞳に熱い涙があふれ、止まらなくなった。

「辛かったんだね。1人でその苦しみに耐えていたんだね」

泣きながらアンナは話した。

「2年前、父と母を立て続けに亡くし、弟と2人で力を合わせて暮らしていたの」

私は力強くアンナを抱きしめた。

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ウクライナを歩く23

マイダンを後にし、アンナと坂道を上りながらボクダンのことを話した。タートルネックのセーターがよく似合う茶色の瞳をした青年だった。姉のことが大好きで、友人に会うと、「アンナの絵がいよいよ画壇で認めらたんだ」と自慢していた。私もそんな自慢話を時折聞いた。

ボクダンの自慢話は嫌味がなく、聞いていて心地よかった。一般的に自慢話を聞かされると、嫌な気分になるものだが、ボクダンの場合は不思議と違った。それは、彼の人間性によるものだろう。邪心、我田引水の考えを持っておらず、ただただ嬉しくて人に伝えたいといったものだ。

釣りが好きで、アンナもよく誘われたようだ。餌を付けるのが気持ち悪く、アンナはボクダンに何から何まで手伝ってもらい、ただ糸を垂らすだけだった。それでも、時折大きな魚がかかり、グイグイ上げる。「姉さん、もっとゆっくり、ゆっくり」と気を揉むボクダンの姿を思い出しては、波を浮かべるアンナ。

ゆっくりと坂を上ると、聖ソフィア大聖堂が見えてきた。

「うちに寄って。アールグレイを淹れるわ」と小さく微笑んだ。作り笑顔が不自然で、泣きたくなった。

「ありがとう」とぎこちなく応えた。

アンナのアパートは、キエフが誇る黄金の門の真ん前にある。古びた建物のドアに不釣り合いな電子ロックが目立つ。アンナがボタンを4つ押すと、カギが外れた。重い扉を引き、首を傾けて、私を中に誘った。

3階まで階段を上ると、「ここよ」と言ってポケットからカギを出して扉を開けた。

私は緊張してカチコチになっている。密かに憧れていたアンナの部屋に自分は入ろうとしている。そう考えただけで、夢のようだ。心の片隅に破廉恥な考えが芽生え、自己嫌悪に陥る。アンナが弟を偲んで悲しんでいるときに、自分は何てはしたないことを考えているのだろうか。

扉の向こうには短い廊下があり、さらに扉が3つある。

一番奥の扉まで行くと、アンナはカギを開けた。玄関には大きな絵が数枚立てかけられている。

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ウクライナを歩く24

玄関に立てかけられている絵はどれも色鮮やかで、今のアンナの心情とは対照的だ。彼女は元来明るく快活な女性で、ウクライナの太陽ともいうべき存在だった。人間は等しく弱く、かけがえのない肉親である弟ボクダンを失い、失意のうちに立ち上がれないほどの悲しみに飲みこまれている。

「きれいな絵だね。アンナの絵を見ていると、救われたような気持ちになるよ」

擦り切れたコートを脱ぎながら、取ってつけたような言葉をアンナにかけた。

「ありがとう。でも、もうこんな絵は描けないわ」

ミンクのコートを脱ぎながら、アンナは寂しい笑みを浮かべた。

「すぐにアールグレイを淹れるわね。どうぞ座って」

居間に通された。大きな書棚には、芸術書がぎっしり詰まっている。アバンギャルドの画集のなかに嶋本昭三の本がある。手に取り、ペラペラめくっていると、嶋本昭三とアンナの写真が数枚挟まれている。アールグレイを淹れてきたアンナに聞いた。

「現代芸術を代表する嶋本昭三氏と親しいんだね」

「そうなの。数年前、キエフでAU展を開いたの。お弟子さんをたくさん連れて、華々しくやったわよ。そのとき、お手伝いしたの。嶋本先生にずっと憧れていたので、キエフでAU展を開くというプロジェクトを聞いて、率先して手伝ったわ」

「嶋本昭三が率いるAUがキエフで作品展を開催」とテレビや新聞が大きく取り上げたのを思い出した。

「あれはアンナが手伝ったんだね」

「会場探しからマスコミへの宣伝まで一手に引き受けたわ。嬉しくて、嬉しくて。絵の具の入った瓶投げや女拓(にょたく)をするということで、美術館にはすべて断わられたの。探しに探したわ。そして、リングという名前のディスコを借りることができ、そこで瓶投げや展示を行ったの。オープン直前のディスコで、宣伝のために使わせてくれたのよ」

「女拓もそこでしたのかい」

「よりセンセーショナルにしようと思い、女拓は廃墟ビルでしたわ。テレビ局の人たちがたくさん来て、大成功よ」

「女拓って、裸の女性に墨を塗り、紙に写すんだね。モデルはウクライナ人がしたのかい」

「ウクライナのモデルが申し出てくれたの。嶋本先生は『ウクナイナの女の子はスタイルがいいな』と喜びながら墨を塗っていたわよ。私が絵の具を使ったカラフルな女拓をしていることを知り、日本からきた女性画家2人がモデルになってくれ、私も女拓パフォーマンスをしたわ。まさに日ウ芸術コラボレーションね」

「そんなことがあったんだね。嶋本先生が亡くなって、もう2年だね」

私の言葉を聞いた瞬間、明るくなりかけていたアンナの顔が曇った。

「嶋本先生、亡くなったの…」

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ウクライナを歩く25

「ドンバスはどうなっているのだろう」

嶋本昭三が亡くなったことを知ってさらに悲しみに沈むアンナを目の前にして、何を言えばよいのか分からずに漏らした。

アンナは少し思い直したようにテレビのリモコンを手に取った。

「ニュースでも見ましょう」

ジリジリとした音を立て2、3秒して画面が映った。年代物のテレビだ。ソ連製だろうか。こんなテレビが普通の家にあればみすぼらしく思えるが、アンナの部屋にあると、それはそれで情緒がある。不思議だ。アンナが持てば、どんなものでも洒落て見える。よく見ると、身に付けている洋服だってブランドでも何でもない。そこらで売っている代物だ。それなのに、アンナが着ると、まるでファッション雑誌の表紙にでも出てきそうな洗練された最新の洋服のように見える。付けているアクセサリーもごく普通のそんなに高くないものだ。それなのにゴージャズに見える。

部屋に何げなく置かれている調度品もしかり。よくよく見ると、ごく一般的なものばかりだ。しかし、ここに置かれると、不思議な色を帯びる。

テレビ画面に燃えているバスが映し出された。ロケット砲の攻撃を受け、バスが燃えている。ドネツクだ。「市民12人が死亡しました」と若い女性アナウンサーが伝えた。そのなかに14歳の少女も含まれている。

「ロシアは本当にむごいことをするわね」

アンナの瞳から大粒の涙がこぼれた。弟ボクダンの死と重ね合わせているのだろう。

ポロシェンコ大統領の怒りは頂点に達し、反撃する闘志を見せている。テレビ画面からこちらに出てきそうな勢いだ。

「ウクライナとロシアの戦争はまだまだ終わりそうにないね」

アンナの瞳を覗きこんで私がそう言うと、アンナは悲しみと一緒にアールグレイを飲み干した。

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ウクライナを歩く26

アンナの部屋を出て、ぼんやりと街を歩いた。冷たい風が頬に突き刺さる。アンナの打ちひしがれた姿を思い出すだけで胸が痛む。先ほど別れたばかりなのに、またアンナの瞳を見たい。

メトログラードに潜り込んだ。この長い地下商店街を歩きながらウインドー・ショッピングをするのが好きだ。見るだけだと、ウクライナの店員は怒る。日本ではそんなことはないが、ウクライナでは何も買わずにただ見ていると、店員が不機嫌な表情で「何を買うの?」と聞いてくる。今着ているコートは、そんな店員の脅しのような言葉に押されて買ったものだ。

それでも、メトログラードを歩くのが好きだ。ゆっくり歩くと1時間はかかる。ギリシャ哲学者ではないが、歩いているといろいろなことを自由に考えられる。いつもなら今書いているもののことやウクライナのこれからについて考えられるのだが、今日に限って違う。アンナのことばかり考えてしまう。

コートを買った店の前に来た。太ったおばさんが、真っ赤な口紅を塗っている。ウインクを1つして、こう言った。

「コートが擦り切れているじゃない。新調したらどうだい」

このおばさんの押しには弱い。曖昧な笑顔で応えると、

「今、ウクライナは戦争状態なので、グリブナの価値がどんどん下がっているよ。今着ているコートと同じものなら、半額で買えるわよ」

値札を見ると、どれも値下げしている。おばさんは続けた。

「東ウクライナの死者はもう5000人を超えたわ。戦闘はますます激しくなりそうね。いつ終わるのかしら」

亡くなったボクダンの顔が浮かんだ。そして、弟の死を受け止められずにいるアンナの心の痛みを自分のなかで感じた。

反射的に女性もののマフラーを手に取った。

「今日はこれにするよ」

代金を払うと、足はアンナの部屋へと向かっていた。

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ウクライナを歩く27

マイダン(独立広場)での衝突から1年が経った。

昨年2月18日から20日にかけてまさに革命が繰り広げられた。ヤヌコビッチ政権の治安部隊が乗り出し、戦いは激化。EU入りをめざす市民100人以上の命が奪われた。当時は70人以上という報道だったが、後から分かった事実はそれを上回っていた。ヤロシ率いる右派セクターなどの後押しで革命が成功し、23日にヤヌコビッチ政権が崩壊した。

この1年間で5500人以上の命が奪われた。

2月20日夜、マイダンで追悼式典が開かれるとのことで、私も足を運んだ。悲しみをかかえた人でマイダンはいっぱいだ。数千人は来ているだろう。

ポロシェンコ大統領の演説を熱心に聞いているアンナを見付けた。真っ赤なマフラーをしている。私がプレゼントしたものだ。花束をにぎりしめるアンナ。その真っ直ぐな瞳は怖いまでに澄んでいる。

こんなたくさんの人がいるのに、アンナを見付けることができた不思議に気付き、我ながら驚く。アンナとは赤い糸で結ばれているのかもしれない。それははるか昔から定められた運命ではないだろうか。などと妄想する。

ポロシェンコ大統領は、命をかけて革命を成し遂げた人びとを称えた。その言葉に涙する人もいる。亡くなった家族を思い出しているのだろう。

人をかき分けて、彼女の傍まできた。アンナはポロシェンコ大統領の言葉を一語一語噛みしめながら聞いている。それは、亡き弟ボクダンとの思い出を一つ一つ慈しむことにつながるからだろう。

悲しみや怒りで繋がった人びとの心は、雄叫びとなった。

「スラーヴァ・ウクライーニ!(ウクライナに栄光を!)」

「ヘローヤム・スラーヴァ!(英雄たちに栄光を!)」

私を見付けると、アンナの曇った顔はぱっと明るくなり、駆け寄ってきた。

「あなたも来ていたのね。弟を思っていてくれて嬉しいわ」

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ウクライナを歩く28

風邪を引いてしまった。異国で病に罹るほど心細いことはない。

一昨日から喉の調子が悪いと思っていたら、案の定昨日の昼過ぎから寒気がして熱が出た。私は喉が弱い。病はいつも喉から入ってくる。日本では喉の調子が悪くなると、のど飴を舐める。のど飴を普通に舐めるのではなく、喉の炎症した部分に舌で当てながら溶かす。3つほど舐めると、初期段階の炎症なら引く。しかし、ここウクライナでは手に入らない。

「ウクライナにも、のど飴があればな…」とこぼしたことがある。すると、「ウクライナにはウオツカがあるよ」と言われた。それ以来、喉が痛くなると、ウオツカでうがいをすることにしている。これがよく効く。

昨夜も唐辛子と蜂蜜入りウオツカでうがいをして早めにベッドに入った。しかし、効かなかった。朝からまだ体が熱い。

珍しくビクトルから電話が入った。ドネツクから家族を連れて脱出し、今はキエフにいる。

「大変だ。ボリス・ネムツォフが射殺された。ウクライナ問題でプーチン批判をしていたロシアの野党指導者だよ」

私は熱でぼんやりしている頭を働かせた。しかし、働かない。

「ビクトル、悪い。今、熱でフラフラなんだ」

ビクトルは申し訳なさそうな声になった。

「ごめん。それは大変だ。すぐに行くよ」

電話を切ると、私は深い眠りに陥った。気が付くと、ドアのチャイムが激しく鳴っている。ベッドを出て、重い体を引きずりながら玄関口に行く。ドアの穴から覗くと、肩で息をしているビクトルが立っている。ドアを開けると、ビクトルが入ってきた。

「よく効く薬とマリーナジャムを持ってきた」

私を床に就かせると、台所でお湯を沸かした。マグカップにマリーナジャムをたっぷり入れ、熱湯を注いで持ってきた。

「この薬とマリーナで、すぐ良くなるよ」

そう言って、私に飲ませた。薬は苦かったが、マリーナはその分甘く感じられた。

薬とマリーナが効いてきたのか、体が楽になったような気がする。

「悪いが、少し休ませてもらうよ。ところで、ボリス・ネムツォフが殺されたと言っていたね」

「クレムリン近くの橋の上で射殺されたんだ。若いウクライナのモデルと歩いていたところを…」

まどろみの中でビクトルの声がぼんやり響いていた。

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ウクライナを歩く29

尿意を催して目覚めた。体が軽くなっている。

傍らでビクトルが気持ちよさそうに寝息を立てている。横には唐辛子と蜂蜜入りウオツカの空瓶が転がっている。どうやら1本飲み干したようだ。1本だけかと思いきや、もう1本空瓶が転がっている。こちらは何も入っていないストレートのウオツカだ。前者は私の飲みさしだが、後者は封を切っていなかった。ウクライナ人は酒に強い。

ごそごそしていると、ビクトルが目をこすりながら起きた。

「具合はどうだ?」

「薬とマリーナ茶でよくなった。ありがとう」

ビクトルの優しさが身にしみる。

「今、東ウクライナはどうなっている?」

恐る恐る聞くと、ビクトルは険しい表情になって答えた。

「今でも毎日5人は殺されている。ロシアはハリコフまで入り込んだ」

「それは初耳だ」

「今、我々はお金を集めて戦地に送っているんだ。ロシア兵は殺傷能力の高い武器をたくさん持っているが、ウクライナ兵はほとんど持っていない。先日はお金を集めてナイトビジョンを買い送った」

「真夜中でも敵の動きを見ることができる暗視装置だね。高かっただろう」

「うん。4万ドルした」

「すごい金額だね」

「集めるのが大変だった。普通の兵士は武器不足で困っているんだ。強い兵士には出資する金持ちがいるんだけれど…」

「相撲の谷町みたいだね」

「日本でも、そういうことがあるんだね」

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ウクライナを歩く30

歳をとるとことは、大事な人を失っていくこと――。頭では分かっているが、心では納得できない。

父のように慕っていた平湯拓先生が4月3日に亡くなった。目まぐるしく1週間が過ぎようとしている。脳卒中で病院に運ばれ、10日ほどであの世へ旅立った。享年73。

入院の知らせを平湯先生の奥さんから聞いてすぐ、東京に住む平湯先生の弟へ電話した。平湯先生は、酒が回り上機嫌になると、弟の事件が載った新聞記事を見せながらよく自慢していた。

「弟は社会派の弁護士で、よくやっている。虐待児なんかを救う正義の味方。東京ではちょっとした有名人だぜ」

そのことを思い出して、インターネットで検索すると、法律事務所の連絡先が出てきた。

すぐさま電話したが、留守電だ。用件を述べ、かかってくるのを待った。

しばらくして、携帯電話が鳴った。平湯先生の弟からだ。声がそっくりなので、すぐに分かった。

「ご連絡ありがとうございます。4月になったら兄の顔を見にいこうと思っていたのですが、急遽キエフに向かいます。今から航空券を取ります」

電話の声で、社会派弁護士の優しい姿が目に浮かんだ。

「弟は貧しいところからは金を取らないんだ。お礼に、家で作った野菜なんかをもらっている」と平湯先生が言っていたのを思い出した。

数日後、弟が飛んできた。自ら重い持病を抱えながらも、兄の見舞いを最優先した。ボリスポリ空港で出迎え、すぐに病院へ。意識が朦朧とするなか、平湯先生は弟が来たことを喜んだ。

それから、病院の近くにあるカフェへ弟と一緒に入った。

「兄の容態も落ち着いているようなので、2、3日様子を見てから一旦日本に帰ります。また来ますので、兄をよろしくお願いします」

弟の表情には明らかに疲れが出ている。引き止めるわけにもいかず、4日後にボリスポリ空港へ送っていった。

弟の帰国後すぐに、平湯先生の容態が急変し、逝ってしまった。人間はいつどうなるか誰にも分からない。

平湯先生は上智大学でロシア語を学んだ後、通訳の仕事で長年東ドイツに住むことに。言語学者だけあってドイツ語の習得も早かった。その後、ハバロフスクで日本語教師となる。最後は、ロシア発祥の地であるウクライナの首都キエフに腰を落ち着けた。

15人ほどの小さな葬儀だったが、未練がましくなく平湯先生らしかった。

平湯先生が好きだった濁りビールを自宅で独り飲んでいると、携帯電話が鳴った。国会議員であるアレクセイの名前が表示されている。普段は酒を飲まないアレクセイなのに、酔っ払って陽気だ。

4月9日、ウクライナ最高会議が、共産主義・国家社会主義(ナチズム)的全体主義体制を非難し、プロパガンダを禁止する法を採択したという。

「強く押していた法がようやく採択され、ウクライナに光が差し込んだ。これからウクライナは生まれ変わる。一緒に祝ってくれ」

ウクライナにあったKGBのアーカイブが公開されるという。平湯先生が聞いたら、さぞかし喜んだことだろう。何せソ連時代、KGBによって愛する人と引き裂かれたのだから。平湯先生の青春を慈しみながら、濁りビールをグラスに注いだ。

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ウクライナを歩く31

曇った空を部屋の窓から眺めながら、ウクライナとロシアの戦いはいつになったら終わるのだろうとぼんやりと考える。昨日のサマゴンがまだ残っている。店で売られているウオツカよりも、自家製ウオツカであるサマゴンは、味もいいし度数も高い。私のサマゴン好きが広まり、うちにはサマゴンがどっさりある。ペットボトルに入ったサマゴンは一見水のように見えるが、実は極上のサマゴンばかりだ。

ひとえにサマゴンといっても、作り手によって味が違う。度数も違う。色が付いたものもある。ハーブが入っていて、いい香りがする。

ぼんやりとした頭でテレビを見ていると、右派セクターの党首、ドミトロ・ヤロシがウクライナ政府軍のムジェンコ参謀総長の顧問に就いたという。民族主義過激派といわれる右派セクターしか、もう誰もプーチンに太刀打ちできないのだろう。

東ウクライナからロシア軍を追い出すと自信たっぷりに語っていたポロシェンコ大統領。しかし、実際は戦闘が激しくなるばかり。停戦合意も今では寝言のように聞こえる。

マイダン革命が成功したのも右派セクターの力があったからだ。国民は忘れていない。だから、右派セクターを恐れつつも、どこかで頼る気持ちがある。

ドアのチャイムが鳴った。穴から覗くと、青年実業家のアルトゥールだ。ドアを開ける。「入ってもいいか」と言うや否や入ってきた。

アルトゥールはソファーに座ると、テーブルの上にあるサマゴンに気づいた。

「いいか」と聞くので、私は驚いた。ビジネスマンのアルトゥールが昼間から飲むなんて、今までにない。

一気に2杯飲み干すと、アルトゥールはため息をついた。

「ロシアとの戦いはまだ終わりそうにない。プーチンが本気でドネツクとルガンスクを独立させようしている」

「クリミアだけでは物足りないのかい」

アルトゥールは、私の目をじっと見つめて頷いた。

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ウクライナを歩く32

あれからずっと青年実業家アルトゥールの言葉が頭から離れない。本当にプーチンはクリミアだけでなく、ドネツクやルガンスクも手に入れたいのだろうか。

欧米を敵に回し、日本とも距離がある。シュレーダー首相のときはあんなにも蜜月だったドイツとも、今は昔。メルケル首相とは不仲だ。

日本とも、森喜朗首相とは心を通わせていたが、安倍晋三首相とは袂を分かった。日本がロシアに対して制裁を加えるとは、プーチンにとって相当ショックだった。

4月9日、ロシア国立テレビのドキュメンタリー「クリミア、祖国への道」で、「クリミアに攻め入る際に核戦力の準備ができていた」とプーチンが話すのを聞き、やはりそうだったのかと思った。驚きはなかった。

アルトゥールの話を聞いても驚くことはなかった。やはりそうだったのかと変に納得する気持ちとそれを否定したい気持ちのせめぎ合いで、混乱したのだ。

携帯電話が鳴った。知らない番号だ。応答ボタンを押す。病院からだ。平湯拓先生の奥さんが心臓発作で救急搬送されたという。

身繕いをして、通りへ出た。白タクを拾い、値段交渉。眉毛の濃いおじいさんで、古いボルガに乗っている。気前よく、こちらの値段に応じてくれた。

助手席に座り、病院へ向かう。ゆっくり走るので、スピードを上げてもらう。急いでいる理由を話すと、おじいさんは驚いた表情ででこちらを見る。昨年、心臓発作で奥さんを亡くしたという。何という巡り合わせだ。

間もなく病院に到着した。急いでくれたお礼に、少し多めにお金を渡すと、「ありがとう。お大事に」と言っておじいさんは受け取った。

病室に入ると、奥さんは眠っていた。医者が、廊下に出るようにと言うので、付いていく。腹の出た中年の医師が声を低めて言った。

「ご主人が亡くなって寂しくなり、持病が出てきたようです。もう落ち着きました。しかし、くれぐれも無理せず心穏やかに暮らすようお伝え下さい」

病室に戻り、奥さんの寝顔を見ていると、皺が急に深くなったように感じた。

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ウクライナを歩く33

「落ち着きましたので、2、3日で退院できます」

医者の言葉を聞き、安心した。

平湯拓先生の存在は大きく、連れ合いを亡くした奥さんの深い悲しみと強い衝撃は心臓発作として表れたのだろう。

薄暗い廊下でぼんやりしていると、大きな犬が靴を舐めている。思わずのけぞった。動物園にいるのか。いや、そうではない。歴とした国立病院だ。無精髭を生やした茶と黒の雑種。物乞いに似たこの中型犬は、どこから忍び込んできたのだろう。

背の低いお婆さんが杖をついて近づいてきた。皺くちゃの顔に小さな笑みを浮かべて言った。

「この犬は管理人が飼っているんだよ。お見舞いのおこぼれをもらおうと病院の中をうろうろしているんだよ」

あまりの驚きで口をぽかんと開けていると、お婆さんは続けた。

「この犬はメスなのさ。色男を見ると、靴をペロペロ舐めるのさ」

色っぽい声を立てて笑った。このお婆さんは案外助兵衛なのかもしれない。下手に受け答えをしてしまうと、このお婆さんの猥談が止まらなくなってしまうかもしれない。

曖昧な表情で「人間の女性にはもてないのにな」と独り言のように言って、その場を離れた。

私が何も与えないのがそんなに恨めしいのか、上目遣いで見ている。角を曲がりようやくその視線から逃れた。犬の視線をこんなにも感じたのは、生まれて初めてだ。

病院を出てキオスクで新聞を買った。ビールが無性に飲みたくなり、カフェへ。埃っぽく雑然とした店だが、我慢しよう。

濁りビールを注文。テーブルに来るや否やぐいと半分ほど飲んだ。ウエイトレスが目の前に立っているので、ポケットからグリブナを出して支払う。

あとは味わいながら少しずつ飲もう。新聞を広げると、「ロシア軍のウクライナ介入、決定的証拠」という大きな見出しが目に飛び込んできた。

暗殺されたロシアの野党指導者ネムツォフが生前に行った独自調査が発表されたという。ネムツォフの同志イリヤ・ヤシンやジャーナリストが追加調査しまとめた。ドネツク州中部イロワイスクなどで昨夏ロシア兵150人以上が死亡。今年1、2月には同州デバリツェボなどの戦闘で70人以上のロシア兵が死亡したという。

事実隠蔽のため、見舞金として遺族に300万ルーブルが支払われたという。記事を読み、膝を叩いた。

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ウクライナを歩く34

キエフで書道を教えている白木さんから電話が入った。チェコでの講習から戻ってきたという。キエフ中央駅近くにあるイタリアンレストランでランチを共にすることに。

恰幅のいい白木さんは、濁りビールを味わいながらピザを頬張る。

「ここのピザはキエフで一番だよ。ビールもおいしい」

確かに縦60センチ、横25センチほどある四角いピザは窯焼きで香ばしく、上品な味だ。また、直径15センチほどあるジョキに並々と注がれてくる濁りビールは格別だ。

「いい店を知っているね」

私がそう言うと、彼は得意そうな顔で「再会に乾杯しよう」とジョッキを挙げた。

ジョッキとジョッキがぶつかり、心地よい音が響く。

ビールが進んだところで、白木さんはウクライナの現状について話し始めた。

「ジョージア元大統領のミハイル・サアカシビリがオデッサ州の知事に就任した途端、ドネツクの近郊マリインカでロシア軍が戦闘を開始したね。ウクライナ軍3人が死亡し、31人が負傷したらしい」

「ジョージアもロシアに侵攻されたという点では、ウクライナと負の共通点がある。ジョージア元大統領をオデッサ州知事に据えたポロシェンコ大統領のやり方はおもしろい。しかし、2月に交わされた停戦合意は、もう完全に破られたね」

白木さんは濁りビールを平らげると、おかわりを注文した。

「それはそうと、ここまでどうやって来たんだい」

「時間がなかったので、タクシーを拾ってきたよ。今日はなかなか拾えなかった」

「まだそんなやり方をしているのかい。危ないよ。キエフのナンバーAAかAIしか乗ってはいけないよ。東ウクライナから流れてきている車も多いので、気を付けるんだ。中には危ない連中もいるからね。タクシー会社に電話するのが安全だよ」

そう言いながら、白木さんはタクシー会社の電話番号を紙に几帳面な字で書いて渡した。

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ウクライナを歩く35

マイダン(独立広場)には、マイダン革命の大きな写真が何枚も立てかけられている。革命で多くの命が失われたが、ヤヌコービッチ政権を倒した。写真からそのときの熱気が感じられる。

そのまま、EU入りしてハッピーエンドとなればよかったのだが、そうはならなかった。プーチンがクリミアに攻め入り、そして今、東ウクライナまで入り込んできている。

「アメリカは世界の警察を辞める」とオバマが言った途端、プーチンは核を持ってクリミアに攻め入り、習近平は南シナ海を本格的に埋め立て始めた。

そんな世界の流れを考えながら、革命の写真を見ていると、切ない気持になる。いつの時代も、民衆が翻弄され、民衆が歴史を作る。そんな格言めいたことを独りごとのように言っていると、募金を迫る若者が寄ってきた。目が濁っている。おそらく、革命を使って物乞いをしているのだろう。あまりにひつこいので、募金箱に少しばかりのグリブナを入れ、立ち去った。

露天の販売店では、トイレットペーパーが渦高く積まれている。トイレットペーパーにはプーチンの写真が刷り込まれている。写真と一緒に「チンポコ野郎、プーチン」という文字も刷り込まれている。思わず笑ってしまった。ウクライナ人はどこまでもユーモアを忘れない。

何も考えずに歩いていると、ドニエプル川に来た。遊覧船にでも乗ろう。久しぶりの遊覧船だ。缶ビールを飲みながら、涼しい風に身をゆだねる。中洲ではもう水遊びや甲羅干しをしている。

隣りの若者が新聞を広げて見せてくれた。安倍晋三首相がウクライナにやってきたらしい。日本の首相で初めてだ。若者が嬉しそうに日本語で話しかけてきた。

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ウクライナを歩く36

遊覧船で声を掛けてきた青年は、精悍な顔立ちをして、見るからに聡明だ。

「私はアンドリイと申します。シェフチェンコ名称キエフ大学で日本語を勉強しております。只今、2年生でございます」

習い始めて知った日本語を一生懸命に絞り出している。自分が大学でロシア語を習い始めた頃のことを思い出し、なんだかノスタルジックな気持ちに襲われた。

中学生の頃、父の本棚から何気なく本を取り、開いた。読み出したら止まらない。目が疲れ、体が強張り、本を離したい。しかし、本が離れない。ついに一睡もせず最後まで読んでしまった。ドストエフスキーの「貧しき人びと」だ。そんな恐ろしくも心地よい体験をした。この日から本の虜となり、次々と読み漁るようになった。

大学ではロシア語を学びドストエフスキーを原書で読もうと志を立てた。ロシア語を学び始めた頃の瑞々し心を思い出しながら、アンドリイ君の話を聞いていた。

「どうして日本語を学ぶようになったんだい」

そう聞くと、アンドリイ君は少しはにかんで答えた。

「日本のアニメが大好きなのです」

鞄から日本の漫画本を取り出して、見せてくれた。漫画をほとんど読まない私は、その漫画を知らなかった。

「初めて見るな、この漫画」

そう言うと、アンドリイ君は目を丸くした。

「日本人はすべてのアニメを知っているものと思っておりました」

私は否定した。

「日本人すべてがアニメ好きではないのだよ」

「そうなのですか。驚きました」

「ところで、この漫画本はどこで手に入れたんだい」

「留学中の日本人学生からいただきました。今度、日本のアニメパーティーをします。お越しいただけませんでしょうか」

「いいよ」

彼は嬉しそうにパーティーの案内チラシを出した。

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ウクライナを歩く37

マレーシア航空機撃墜から1年

1年が経つのは早い。マレーシア航空機が撃墜されて1年が過ぎた。昨年2014年7月17日、アムステルダム発クアラルンプール行きのマレーシア航空機がドネツク州上空で撃墜され乗客乗員298人全員が亡くなった。痛ましい事件だ。

カフェで新聞を読みながら、時間があまりにも早く流れていることに今更ながら驚いた。

オランダ安全委員会が事故調査を主導している。今年初めに最終報告書の草案をまとめ、マレーシア、ウクライナ、ロシアなど関係各国に送付したという。内容は、撃墜に使われたのはロシア製の地対空ミサイル「BUK(ブーク)」で、親ロシア派が支配している東ウクライナの村から発射されたというものだ。ロシアはこの結論に対して強く反論している。

グリーンの目のウエートレスがカプチーノを運んできた。極端に短いスカートを穿いているので、思わず目がそこに行った。こんなにも深刻な記事を読んでいるのに、短いスカートが気になるなんて。

スカートに目が行っていることを恥じながら、彼女に気付かれていないかと恐る恐る目を上げると、グリーンの目がこちらを見ている。目が合うと、彼女は小さくウインクして、お尻を向けカウンターの方へ戻っていった。

顔が火照った。気を取り直して、カプチーノを一口飲んで、また新聞に目をやった。

マレーシア政府は、オランダ、オーストラリア、ベルギー、ウクライナと力を合わせ刑事責任を追及する国際刑事法廷を設けるよう国連安保理に要請した。ロシアを厳しく問いただそうとしている。

隣りの席で学者風の中年男性2人が深刻な表情で語り合っている。

「ウクライナの憲法は改正されるのだろうか」

「親ロシア派が支配している地域に自治権を与えるものだね」

「そう、2月の停戦合意に含まれている」

「ポロシェンコ大統領の踏ん張りどころだ」

このところポロシェンコ大統領の人気が落ちている。ロシア軍を国外に追いやることのできない無力な大統領というレッテルが貼られた。さらに親ロシア派に自治権を与えるとなると…。

冷めかけのカプチーノを飲みほして席を立った。

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ウクライナを歩く38

アニメパーティー

船上で出会ったキエフ大学のアンドリイ君が誘ってくれたアニメパーティーへ行くことにした。

パーティー会場はキエフの中心にあるビルの2階。入口からアニメのポスターが所狭しと貼られている。エヴァンゲリオンやセーラームーンなど知っているものもあれば、全く見たことも聞いたこともないアニメもある。

アンドリイ君が弾むようにして駆け寄ってきた。

「よくいらっしゃいました」

教科書通りの挨拶をし、深々とお辞儀をした。

「日本人みたいなお辞儀をするね」

驚いて聞くと、

「日本語を教えてくれている日本人の先生がとても厳しい人で、日本の礼儀作法を叩きこまれております」

なんだか可笑しくなった。今や日本ではこんなに礼儀正しい若者は少なくなった。遠い異国で日本の礼儀作法を見るとは。

アンドリイ君に案内されて、会場に入ると熱気でむんむんしている。

9人の女の子が舞台で腰をくねらせている。何やら日本語で歌っているようだ。

「逃した魚は大きいぞ」

この歌詞を何度も何度も繰り返している。イントネーションが変で、初めは分からなかったが、聞いているうちに理解できた。

歌い終わると、真ん中の女の子が駆け寄ってきた。

「はじめまして。アンドリイから聞いています。私はクリスタルパワーの代表、サユリです」

日本の名前だ。ニックネームだろう。

アンドリイがサユリの二の腕を指した。そこには「あなたの胸」と大きな文字で彫られている。

正直言って、何を言えばいいのか戸惑った。アンドリイ君が目配せするので、思い切って聞いてみた。

「どうしてこの言葉を腕に彫ったんだい」

彼女はぽっと顔を赤らめて小さな声で言った。

「この言葉、かわいいでしょう。この言葉の意味、誰にも言わないでね」

どうやらここにいるメンバーのほとんどは日本語が分からないようだ。

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ウクライナを歩く39

23回目の独立記念日

マイダン(独立広場)は朝から賑やかだ。8月24日、23回目の独立記念日で大々的に軍事パレードが行われた。勇ましい兵士が足並みを揃えて行進。2千人はいるだろう。

5年ぶりの軍事パレードだけあって、多くの人が見にきている。

まだ頑是ない子どもが、父親のズボンをひっぱりながら訊いている。

「兵隊さんは強いよね。強いよね。ロシアの兵隊をやっつけてくれるよね」

若い父親がウインクしながら答える。

「もちろんだよ。ウクライナの兵隊さんは強いよ。ロシアから僕たちを守ってくれるよ」

子どもは安堵したのか、小さなえくぼを作った。父親は半ば困ったような目で妻を見た。大人のそんな暗黙の会話に気付かず、子どもは行進する兵士をじっと見ている。

装甲車両や地対空ミサイルなど数十種類の兵器が披露され、物々しい。

今でも東ウクライナでは、ウクライナ軍とロシア軍との激しい戦闘が繰り広げられている。ロシア軍をウクライナから追い出せないポロシェンコ大統領の支持率は落ち込んでいる。ウクライナ全部がロシアに取られてしまうのではないかと心配する人も少なくない。

後ろの方で初老の男が若者に対してしきりに言っている。

「軍事パレードで、ポロシェンコ大統は領土保全への強い意思を示しているんだ」

若者は頷きながら聞いている。男は続ける。

「わしがもう少し若かったら、東ウクライナへ行って戦うんだけどな」

ポロシェンコ大統領がマイクを握った。

「ウクライナは軍事的脅威にさらされている。独立を守る用意が常に必要だ」

さらに続けた。

「2015年から2017年の間、軍備刷新に30億ドル以上支出する」

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ウクライナを歩く40

改憲反対デモ

「ポロシェンコのやり方に抗議しに行こう」

早朝に電話が鳴った。リヴィウに暮らすイーゴリからの電話だ。彼は西ウクライナを基盤とする「自助」の党員で、ポロシェンコ大統領の東ウクライナに対する態度にがまんがならず、先日も電話で不平を漏らしていた。

「久しぶりだな。今、どこなんだい」

「キエフ中央駅に着いたばかりだ」

リヴィウから夜行列車に乗ってきたのだろう。早朝にキエフに着くこの列車は私もよく利用する。

「今日、仲間たちと抗議デモをするので、議会前に来てくれないか」

「分かった。行くことにする」

そう言って、電話を切った。

今年2月にミンスクで交わした和平合意を履行しようとする政府に反対する抗議デモだ。年内に改憲を行い、ロシアが進駐している東ウクライナに特別な地位を与える恒久法をを制定する。市民はこれに対して猛烈に反発している。

イーゴリは電話を切る前に力強い声で言い放った。

「ジョージアの二の舞は踏まない」

約束の時間に行くと、議会前は大勢の人が集まっている。3千人はいるだろう。顔ぶれを見ると、「自助」だけでなく、極右政党「自由」や与党連立に加わるウクライナ民族派「急進党」の党員も多い。

イーゴリの姿が見えた。鬼のような形相で治安部隊に対して手投げ弾を投げるそのときだった。

ラジオからニュースが流れた。

「ウクライナ最高議会(定数450)は改憲法案に関する第1回投票が行われました。賛成265で承認された模様です。ただし、可決には第2回投票で300票を得る必要があります」

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ウクライナを歩く41

ドニエプル川の中洲を歩く

ドニエプル川の中洲にある駅で降りた。取り立てて特別な理由も当てもないが、ふと中洲を歩いてみたくなった。

賑わうシーズンが終わり、遊園地もひっそりとしている。

ベンチに腰掛けて煙草を取り出した。お気に入りの銘柄ベロモルカナルだ。最近は手に入りにくい。ソ連時代に流行った煙草で、吸い口部分が空洞になっている。煙草の葉が詰まっているのは先だけで、ほんの少し。空洞部分に別の違法な葉っぱを入れて吸う若者もいたと聞いたことがある。

吸い口を親指と人差し指でぺちゃんこにして口にくわえる。マッチで火をける。ウクライナのマッチは火薬部分が極端に少ない。日本のマッチだと軸の先にたっぷりと火薬が付いているので、火をつけやすい。ウクライナのマッチは軸が弱くて短く、火をつけるのに少々コツがいる。

煙草に火をつけ、一服。煙草はいい。心が休まる。

ウクライナの戦いはいつになったら終わるのだろうか。多くの血が流れた。今も流れている。そして、これからも流れる。そう思うと、切ない気持になる。

新聞を広げ、世界のニュースに目をやる。シリアを逃れ「ドイツ、ドイツ」を叫びながらドイツをめざして歩く人びとの記事を読み、ウクライナはまだいい方だと自分を納得させる。シリアの人は気の毒すぎる。今のシリア人にとってドイツは天国だろう。ウクライナ人にとってもヨーロッパは憧れの地…。

隣りのベンチに若いカップルが腰かけた。私と同じく街の喧騒を避けて散歩しにきたのだろう。

男の子が囁くように彼女に言った。

「ヨーロッパが天国でないことぐらいウクライナ人も分かっている。しかし、ロシアと比べれば、天国だよ」

女の子は優しく彼の頬にキスをした。

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ウクライナを歩く42

半分のロシア人はプーチンを嫌っている

ロシアの飛行機をウクライナへ入れないと発表されるや否や、ウクライナの飛行機をロシアに入れないと発表された。

ミハイル一家がキノコ狩りに誘ってくれ森に来たものの、キノコ狩りそっちのけでミハイルと奥さんのレーナはこのことで言い争っている。

実はミハイルはロシア人だ。ウクライナとロシアの関係が悪化してから、ロシア人であることを誰にも言っていない。レーナは知られるのを極端に恐れている。古い友人は知っているが、誰にも言わない。それどころか、古い友人が「ロシア人であることを黙っておいた方が賢明だ」と忠告してくれた。

確かにロシア人を集団暴行することは珍しくない。反対にロシアではウクライナ人を集団暴行することが多発している。

ミハイルは商社マンで世界中を飛び回っている。もちろんロシアにも行く。ロシアでは堂々とロシア人であることを公言している。

「ウクライナとロシアの間を飛行機が飛ばなくなると、仕事がやりにくくなる」

そんなミハイルの愚痴を聞いて、レーナは愛国心をさらけ出す。

「ロシアとの仕事なんて、ない方がましだわ」

実際、このところロシアとの仕事はない。しかし、ミハイルの老いた両親がモスクワに住んでいるので、時折行く。

「プーチンはいつになったら軍隊をウクライナから引き上げるのよ。ロシア人はプーチンを恥に思わないの?」

ミハイルはため息をついて吐き出すように言った。

「レーナ、ロシア人も馬鹿ではない。半分のロシア人はプーチンを嫌っている」

レーナは噛みつく。

「でも、後の半分はプーチンを崇めているじゃない」

「確かにそうだな」

勢いづいてレーナは続ける。

「どうしてプーチンを嫌っている半分の人たちは立ち上がらないの」

「ロシアにはまだ農奴の心が残っているのかもしれないな」

幼いカーチャと一緒にキノコ狩りをしながら、いつ終わるとも知れない論争を聞いていた。

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ウクライナを歩く43

先日採ったキノコを食べにこないか

10月25日冬時間になり、大きなトラブルもなく地方選挙は終わった。

「先日採ったキノコを食べにこないか」とミハイルから誘いの電話があったので、ウオツカを持って行くことに。

ミハイルの家に入ると、キノコ料理の香りがした。

思わずお腹が鳴る。ミハイルは小さく笑い、「さあ、はやく食べよう」と背中を押してくれた。

カーチャが「おじさん、おじさん」と言いながらまとわりつく。小さなカーチャを抱き上げ、テーブルのところまで行くと、所狭しとキノコ料理が並べられている。

「いらっしゃい」

そう言って、奥さんのレーナが椅子を引いてくれた。

カーチャを抱っこしながら、ワインで乾杯。キノコ料理とワインはよく合う。

「レーナの料理はおいしいね。高級レストラン以上だ」と言うと、レーナは「ありがとう」と微笑んだ。

「ウクライナでは、レストランよりも家庭の方がおいしいのよ」

ミハイルも嬉しそうに言葉を添える。

「妻に胃袋をつかまれているので、どんな素敵な女性が現れてもなびくことはないな」

レーナはミハイルの頬にキスをして、「本当かしら」と悪戯っぽくからかった。

杯を重ねているうちに、選挙の話になった。レーナが口火を切った。

「今回の選挙から共産党は出ることができなくなったのよ」

ミハイルがそれに解説を加える。

「共産党は党名を変えて出たけれど、誰もが分かっているので、投票しなかったよ」

膝の上で、カーチャはキノコを頬張っている。

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ウクライナを歩く44

犠牲になるのは普通の人

秋は西ウクライナの季節だ。リヴィウ工科大学で講義を頼まれ、西ウクライナの中心都市リヴィウに来ている。昨夜キエフから電車に乗り、今朝リヴィウに着いた。

駅に着くと、スーツ姿のイワン先生が待っていてくれていた。早朝にも関わらず、ビシッと真っ直ぐに立っている。もちろん寝癖など全くない。スーツの左襟には日本国旗のピンが付けられている。

電車から降りると、満面の笑顔で迎えてくれた。

「よく来てくれましたね。とても嬉しいです」

ハグをして再会を喜び合った。

「いつもと同じ料理で申し訳ありませんが、うちで朝ごはんをお召し上がり下さい」

さすが日本語の先生だ。丁寧な日本語を話す。

イワン先生の家に着くと、奥さんのナタルカが朝食を用意して待ってくれていた。

「よくいらしてくれましたね」

ハグして、コートを取ってくれた。

「どうぞ、どうぞ」

そう言ってナタルカはダイニングに誘い入れた。

イワン先生のお母さんが背中を曲げて座っている。オリガ婆さんだ。私を見るとにっこり笑って、早口で言う。

「早く座って、食べて、食べて」

ナタルカの作る料理は絶品だ。こんなにもシンプルな料理にも関わらず、一味違う。ディルニーを何枚も食べる。トゥボロクも黒パンもディルニーによく合う。イワン先生もディルニーを頬張っている。

朝食をとりながらイワン先生といろいろと積もる話をしているうちに、エジプトで撃ち落とされたロシアの航空機の話題になった。

横で聞いていたオリガ婆さんが目に涙を浮かべながら小さな声でこぼした。

「いつの時代も、どの国でも、犠牲になるのはいつも普通の人なのね」

私は言葉に詰まり、何も言えなかった。

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ウクライナを歩く45

パリ同時多発テロで誰が得したか

リヴィウ工科大学に着くと、学生でごった返していた。イワン先生と一緒に学長に挨拶する。学長は「よく来てくれましたね」と言ってウクライナの民芸品をプレゼントしてくれた。なんともフレンドリーな学長だ。

教室に入ると、学生と一緒にフェドリーシン先生が迎えてくれた。「ウクライナにおける日本語・日本文化の普及に寄与した」として旭日小綬章が授与された老教授だ。

「先生、昨年はおめでとうございました」

老教授ははにかんで、静かに「ありがとうござます。皆さまのお陰です」とお辞儀した。何とも謙虚な先生だ。

イワン先生に向かってささやいた。

「大きな仕事をしているのに、フェドリーシン先生がまだ准教授だなんておかしいね」

困った顔をして、イワン先生は首をすくめた。

学生たちは私の話を首を長くして待っていた。生の日本情報を知りたいのだ。

今回は、日本の音楽事情について話した。一言でも聞き洩らさしてはならないとばかりに、学生たちは私をじっと見て、頷きながらメモをとっている。こんなに一生懸命に聞いてくれると、話す方も力が入る。

講義が終わり質問の時間になると、次々と聞いてくる。こちらも自分の持っている知識を惜しみなく与える。

講義時間が終わってもまだ質問してくる学生がいるので、夕食を一緒にとることになった。早速、イワン先生がリヴィウで人気のあるウクライナ料理店を予約してくれた。

夕方、ウクライナ料理店を訪れると、イワン先生と4人の学生が待っていた。ウクライナ料理に舌鼓を打ちながら話している内に話題がプーチンになった。

ウオツカを数杯飲んだイワン先生がいつになく険しい表情になって言った。

「パリ同時多発テロで誰が得したか知っていますか」

学生の一人が「プーチン」と静かに答えた。

イワン先生は続けた。

「今、プーチンはしきりに『ウクライナのことはおいておき、ヨーロッパとロシアは協力してテロを撲滅しよう』と力説しています。オランド大統領は手を組むかもしれません」

別の学生が「テロの首謀者はプーチンだったのですね」とため息をついた。また別の学生が「自作自演とは、どこまで汚いんだ」と怒りをあらわにした。

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ウクライナを歩く46

クリミアへの送電塔が爆破される

ビーツのたっぷり入った真っ赤なボルシチは美味しかったものの、話題がパリ同期多発テロになり、昨夜の集まりは後味が悪いものとなった。イワン先生の家に戻り、サーロ(塩漬けした豚の脂身)をかじりながらサマゴン(自家製ウオツカ)を何杯も飲んだ。

二日酔いになると思いながら就寝したが、朝起きると、不思議にすっきりとしている。自分の頬を叩きながら台所へ入った。

「おはようございます」

妙なイントネーションの日本語で、ナタルカが迎えてくれた。ナタルカの挨拶は明るくていい。オリガ婆さんは、黒パンを牛乳に浸しながら食べている。

ナタルカが熱い紅茶を差し出した。牛乳と砂糖をたっぷり入れて飲む。サマゴンをたくさん飲んだ朝は、これに限る。頭はすっきりしているものの、胃がまだ寝ている。

居間でテレビのニュースを見ていたイワン先生が、「大変なことになりました」と言いながら台所に入ってきた。

「どうしたのですか」

「クリミアに隣接するヘルソン州の2カ所4基の送電塔が何者かによって爆破されました」

「何ですって」

横からナタルカが割って入った。

「3分の2の電力を本土からクリミアへ送っているので、クリミアは全地域で停電になっています。ロシアのクリミアへの進駐に我慢ならず、若者たちの堪忍袋の緒が切れたのです」

「とうとうやってくれたわね!」とナタルカは飛び上がって喜んだ。

オリガ婆さんがやれやれといった表情で、静かに残りのパンを口にほりこんだ。

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ウクライナを歩く47

国を守るには核しかない

リヴィウの街は世界遺産に登録されているだけあって美しい。クリスマスでより一層賑やかだ。ウクライナのクリスマスは1月に行われる。旧暦でクリスマスを定めているからだ。

久しぶりに地下レストラン「クリィイーヴカ」へ。入口に軍服を着た店員が立っている。低い声で聞く。

「ロシア軍人か? 共産党員か?」

「いいえ」

こう答えると、扉を開いてくれる。扉の向こうには地下へ続く階段がある。中は広い。

パルチザン風の大盛り料理が運ばれてくる。見た目はダイナミックだが、味はいい。ウオツカをひっかけながらジャガイモ料理を頬張る。

隣の若者2人が大きな声で議論している。大学生だろう。

目の青い青年が新聞を広げながら言う。

「北朝鮮が水爆実験を成功させた」

背の低い黒髪の学生が、その新聞を引っ手繰る。

「何てことをしたんだ。狂気としか思えない」

反論が始まる。

「ウクライナも見習うべきかもしれない。ロシアの口車に乗せられて核をすべて手放したウクライナはこの様だ。国を守るには核を持つしかない」

「それは暴言だ。世界中がそんな考えをすれば、地球滅亡しかない」

正義感の強い学生は、濁りビールを煽るとこう言い返した。それに対して、青い目を深く閉じて首を横に振りながら諭すように言う。

「君は子どもだな。理想論も休み休み言うがいい。今、ウクライナはロシアに進駐されているんだぜ。我々は踏みつけられているんだ。この大きなゴキブリを追い払うには武力しかない。究極の武力が核なんだ。核武装しなければ、ウクライナ民族は滅ぼされる」

黒髪を掻き毟りながら、何も言えず背の低い学生は大きなため息をついた。

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ウクライナを歩く48

政治を一新させ、経済を立て直す

青い目の学生と背の低い学生の議論を聞いているうちにどうしても口を挟みたくなったようだ。横に座っていた老人が「若者たちよ」と割り込んだ。

整った身なりをしており、教養のある顔立ちだ。おそらく長年教壇に立っていたのだろう。教え諭すように2人の若者にかけた声色からして間違いない。眉間に皺を寄せながら続ける。

「大局を見る目も大切ですが、目の前の現実を見ることも必要ですよ」

威厳のある雰囲気に圧倒され、2人の若者は議論をやめ、背筋を伸ばした。

老人は額に右手を当てながら、交互に若者を見つめた。

「戦争が続いて、暮らしはとても厳しくなっています。光熱費などは倍になりました。君たちは親に食べさせてもらっているから分からないでしょうが、日に日に生活が厳しくなっているのが現実です」

2人はじっと聞いていた。

「それなのに、政府の連中といったらどうでしょう。すでに私腹を肥やす輩が目に付くようになっています。外国からの支援金を自分の懐に入れている輩もいます。君たち、どう思いますか」

青い目の学生が、つぶやくように言った。

「確かにそれは許せません」

背の低い学生が老人を見つめて聞いた。

「どうすればいいのですか」

老人は白いひげを撫でながら静かに答えた。

「私たちの時代は終わった。これからは君たちの時代です。自分の頭でよく考えて、この国の政治を一新させ、経済を立て直してください」

老人は2人にウオツカを振る舞い、3人で乾杯した。

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ウクライナを歩く49

リヴィウのIT会社へ

ウクライナは知られざるIT立国だ。街のいたるところにITのオフィスがある。

リヴィウの中心にオフィスを構える「虹」はiPhoneのアプリを開発している会社だ。

「虹」を訪れると、受付嬢が「久しぶりににいらしてくれたのですね。嬉しいです。社長も喜ぶと思います」

予約なしで来たにもかかわらず、嬉しい歓待だ。

クリッとした目の可愛い受付嬢は、昨年入社した。

社長のタラス君は、採用面接のとき、なぜか私を同席させた。

採用面接といってもくだけたもので、オフィス近くの小さなカフェでコーヒーを飲みながらのものだった。他愛ない会話のなかにも彼女の知性が伺えた。しかも、チャーミンだ。

採用面接が終わり、彼女が帰った後、タラス君は私に聞いた。

「彼女のこと、どう思う?」

「感じのいい子だね。頭もいいし。しっかり働いてくれると思うよ」

そう答えると、彼は笑顔で頷いた。

「僕もそう思う。決まりだな」

すぐに採用が決まった。採用されたのは私の助言があったからだと彼女は思い込んでいるらしい。私を採用の神様だと思っているようだ。

出社1日目に電話があった。

「今日1日働いて、『虹』って本当に素敵な会社だわ。仕事内容もさることながら、スタッフが皆いい人ばかりなの。お礼に今夜、ご馳走させてください」

「私は何もしていないよ」と言いかけて言葉を飲んだ。

彼女の喜ぶ可愛らしい顔を思い浮かべて、「ありがとう」と言いい、待ち合わせの場所を決めた。

時間通りに待ち合わせの場所に来た彼女は、特別な日に行くというレストランへ私を誘った。

着いたのは、日本風の綺麗な装飾を施した寿司バーだった。日本人の私を気遣って、ここに来たのだろう。その心遣いが純粋に嬉しかった。

寿司を食べながら、2人は夜遅くまで話をした。

酒の効用だろう、初めて一緒にする食事なのに、まるで長年付き合っているカップルのようだった。

1年前のことをつい昨日のことのように思い出していた。

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ウクライナを歩く50

ホルプツィーをほおばる

「虹」の社長室に入ると、人懐こい笑顔のタラス君が迎えてくれた。固い握手をしてハグ。細く見えるが、見た目以上にガッチリしている。1年前に会ったときより太っているようだ。

「元気だったかい。会社は順調か」

タラス君ははにかんで答える。

「うまくいっているよ。今は新しいiPhoneのアプリ開発でてんてこ舞いなんだ」

社長室はデスクトップパソコンとノートパソコンが1台ずつあるだけ。殺風景な部屋だ。

「よく来てくれたね。ランチに行こう。その前に社内を案内するよ」

制作の部屋へ入ると、十数人のエンジニアがパソコンに向かっている。オレンジ色の壁紙が洒落ている。

タラス君と私が入ると、エンジニアたちが笑顔で迎えてくれ、なんだか心地いい。1年前よりも人数が倍以上になっている。

「お洒落で活気のある職場だね」

褒めると、タラス君はまたはにかみながら答える。

「彼らは皆優秀だよ。だからどんどん仕事が入ってくるんだ。助かっている」

エンジニアはのびのび仕事をしている。タラス君の人柄の良さが、職場に充満している。そう感じた。

会社からすぐ近くのレストランに入る。タラス君が得意げに言う。

「あまり目立たない小さな店だけれど、料理が最高に美味しいんだ。特にホルプツィー(ロールキャベツ)が最高だよ」

タラス君は自分の会社を褒められると照れるが、自分以外のことは誇らしげに語る。

運ばれてきたホルプツィーをほおばる。タラス君の言葉以上の味だ。

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ウクライナを歩く51

内戦ではなく戦争

ウクライナでなおも戦争が続いているのにも関わらず、世界ではすっかり過去のような扱いになっている。たまに報道されても、「内戦」という間違った報道がされる。内戦とは、国内で国民同士が戦うことだ。ここではロシアがウクライナに進駐して、戦争が起こっている。ウクライナとロシアはどちらも旧ソ連とはいえ、今は別々の国だ。しかしながら、いまだにウクライナとロシアは同じ国だという誤った認識が存在する。事実を知らないのか、故意に事実認識を誤っているのか、実のところ怪しい。

そんな思いが脳裏をよぎる。

ウクライナ料理を食べ終え、濃いコーヒーをすする。人気のウクライナ料理店をいくつも知っているが、ここのウクライナ料理は格別だ。

実は、店を見たときはこれほどまでの料理だと期待していなかった。壁が剥がれ、修理が十分にできていないレストラン。店内のテーブルや椅子も傷ついて、骨董品のようだ。

しかしながら、料理を口に入れるや否や、自分の考えがいかに浅はかだと反省した。

コーヒーをすすりながら、タラス君は喉から言葉を絞り出した。

「モスクワでは大々的にプーチン反対運動が起こっている。プーチン政権も、そんなに長くない。個人的な意見だけれど」

「それ、本当か」と改めて問うた。

タラス君は、静かに目を閉じ頷いた。

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ウクライナを歩く52

クリミア進駐から2年

キエフへ戻るために、リヴィウ中央駅から夜行列車に乗り込んだ。仕事で忙しいなか、タラス君が見送ってくれた。

「次はいつ来るんだい」

別れるとき、タラス君はいつもこう言う。この言葉が脳裏にこびりついていて、また会いたくなる。

「また近いうちに来るよ」

こちらもいつもと同じセリフを返す。

切符の番号を確かめながら、座席にたどり着く。

プラツカルト(3等)は部屋になっておらず、見合い席で引き出しベッドがそれぞれ上に付いている。さらに通路にも席があり、その上にも引き出しベッドが付いている。もちろんカーテンも手すりもなく、丸見え。

実はプラツカルトを気に入っている。同席した人と仲良くなり、おしゃべりができるからだ。サーロ(豚の脂身の塩漬け)やサマゴン(自家製ウオツカ)をもらうことも珍しくない。

座席に着いて出発を待っていると、黒髪の美女が向かいの席へやって来た。大きな荷物を持っている。

「お手伝いしましょうか」と声をかけると、「ありがとうございます」と小さく微笑んだ。

座席を上げて、荷物を中に入れる。

「どうぞ、腰掛けてください」

そう促すと、彼女は両頬にエクボを作る。明朝キエフに着くまで楽しい時間を過ごせるなと内心喜んだ。

列車が走り出すと、彼女が独り言のように話しかけてきた。

「私、クリミアから逃げてきたタタール人なの。クリミアにロシアが進駐してから、私たちの生活は滅茶苦茶になってしまったわ」

どう答えればいいのか迷っていると、彼女は続けた。

「もう2年になるわ、ロシアが進駐して」

通路の座席に座っていた初老の男性がこちらへすり寄ってきた。

「クリミアに暮らすロシア人でさえ苦しい生活をしているようです。何せ、ウクライナ本土から陸路で運ばれていた食料品などが止まったので、クリミアの物価はこの2年間で2倍に跳ね上がったというではありませんか」

彼女はため息をついた。

「ウクライナ本土からの淡水や電力も絶たれたので、断水と停電で不自由しているようなの」

初老の男性はあご髭を撫でながら続けた。

「プーチンは2年後を目指してケルチ海峡の架橋に2270億ルーブル(約4420億円)を投じるそうです」

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ウクライナを歩く53

ポロシェンコ大統領訪日の舞台裏

黒髪の美女が小さな包みを開けて、クッキーを取り出した。

「これ、美味しいわよ。私の友だちが作ってくれたの」

両手で受け取った。その様子を見ていた初老の男性も私の真似をして、両手で受け取る。

「日本人は礼儀正しいのね」

彼女は小さく微笑んだ。緊張した雰囲気が和らぐ。

美女の微笑みはすべてを包み込む力を持っている。

「日本がポロシェンコ大統領を招いたのね」

「3日間という短い滞在期間だったけれども、安倍首相は約2、000億円の経済支援を着実に実施していくと約束したよ」

「ありがたい話だわ」

「その上、チェルノブイリに約4億円を新たに拠出することも表明したよ」

「チェルノブイリ原発事故から30年の年に大きなプレゼントをしてくれたわね」

初老の男性が眉間に皺を寄せて、会話に割り込んだ。

「確かに日本がしてくれることはありがたい。しかし、今回の訪日には問題があります」

黒髪をかきあげて彼女は初老の男性の方へ首を傾げた。

「当初の話では、共同声明が出るはずでした。ところが、蓋を開けると、共同記者会見。格落ちというわけです」

「それは、タックスヘイブンが明るみになったからなの」

「いや、そうではありません。日本は最初からそのつもりでした。安倍首相がロシア訪問を前にして、ウクライナに胡麻を擂ったのです。もちろんアメリカへの言い訳でもあります」

黒髪の美女は得心し、もうすっかり暗くなった窓の向こうに視線を移した。

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ウクライナを歩く54

若者たちに光を見る

窓の外に目をやる黒髪の美女を覗き込むようにして、初老の男性はねちねちと話を続けた。

「それにしても、いつになったらこの国から汚職がなくなるのでしょう」

彼女は困ったような表情で私を見た。どういう表情を返すのがいいものなのか戸惑っていると、

「ヤツェニク首相まで汚職にまみれているというではありませんか」

どうも話が後ろ向きに進みそうだ。ウオツカを一杯引っ掛けて明るい話題を提供した。

「ミリティア(古い警察)は汚職まみれでどうしようもないけれども、ポリティア(新しい警察)は権力に屈しない若者たちががんばっているではありませんか。光が見えています」

彼女の顔が明るくなった。暗い列車のなかでも分かった。

「ユーチューブで見たわ。交通違反でポリティアに捕まった政治家の奥さんが『私を誰だと思っているの。承知しないわよ』と若い警察官に悪態を吐いていたわ。でも、若い警察官は動じないの。かっこいいわ」

「そういえば、ポリティアの車はすべてトヨタのプリウスだね」

「プリウスってスマートで颯爽としていて、いいわね」

話が前向きになるに従い、初老の男性は言葉数が少なくなり、いつの間にか自分の席に戻っていた。

彼女はクッキーを取り出して、私に渡した。

「もう1ついかが」

「ありがとう」

「あなたのお陰で暗い話を聞かなくて済んだわ。こちらこそ、ありがとう」

「お礼を言われるまでもないよ」

「それにしても、どうして年を取ると、人はマイナス思考になるのかしら」

「長く生きていると、悲しいことを数多く経験するからかもしれないね」

彼女は納得しかねたような表情でクッキーを頬張った。

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ウクライナを歩く55

返されたチョコレート

クッキーのお礼と思い、ポケットにあったチョコレートを彼女に渡した。赤い包みの綺麗なデザインで、サクサクしていて食感がいい人気のチョコレートだ。

「ありがとう」

小さく微笑んで彼女は受け取った。しかし、その微笑みはすぐに消え、顔がすーっと曇った。

何か悪いことをしたのだろうか。私は自分の言動を振り返った。しかし、どう考えても彼女に対して気分を害することをしていない。

もっとも美しい女性に対して、好かれることはするが、嫌われることなどするわけがない。

彼女は俯き、チョコレートをじっと見ている。黒髪に覆われて、表情が分かりにくいが、明らかに不快な様子だ。

2人の間に冷たい空気が流れた。

「悪いことをしたかな」

恐る恐る聞いてみた。すると、美女は静かに首を横に振った。

「あなたは何も悪くないわ」

少しほっとした。

「私、ポロシェンコ大統領が嫌いなの。私たちは裏切られたわ。だから、彼の会社ローシェンが作るチョコレートは食べないの」

「そうだったんだね。悪いことをしたね」

そう言って、チョコレートを受け取った。

沈んだ彼女の顔を見ていると、「どんなふうに裏切られたんだい」と問うことができない。

彼女がぽつりと呟いた。

「ポロシェンコ大統領の支持率は47パーセントから17パーセントに落ちたわ」

揺れる列車の中で彼女の言葉が重く響いた。

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ウクライナを歩く56

ユーロビジョンでウクライナ代表優勝

腹を満たした乗客は、ベッドメーキングを始めた。

2段ベッドを倒し、天井近くの荷台に積まれてある布団を降ろして敷く。丸められた布団は埃っぽい。枕もすえた臭いがする。どちらも洗濯は一度もされていないだろう。

毎夜毎夜、主が変わり使われる布団と枕に初めは怯んだが、ウクライナにどっぷり浸かってしまった今となってはまったく気にならない。子どもの頃から夜行列車を利用しているウクライナ人にとっては、ごく普通のことだ。取り立てて話題にすることでもない。

車掌が配るシーツと枕カバーはさすがに洗濯されていて、ビニール袋に詰められている。封がされているから使い回しではない。

ただし、希望者だけに配られる毛布は洗濯されているのかいないのか判断できない。2回に1回の割合で、あるいは10回に1回の割合で洗濯されるのかも知れない。

そんなことを考えながらベッドメーキングを終え、2段ベッドによじ登った。

向かいのベッドに目をやると、黒髪の美女は既に横になってイヤフォンで音楽を聞いている。その姿が絵になる。彼女が恋人で添い寝していると妄想するだけで、動悸が激しくなる。

そんな私の視線に気づいた彼女は小さく微笑んで、イヤフォンを差し出した。

まだ彼女の温もりが残っているイヤフォンを耳に入れると、力強い音楽が流れてきた。

「今年のユーロビジョン(欧州歌謡祭)で優勝したジャマラだね」

「彼女も私と同じクリミアのタタール人なの。スターリンによるクリミア・タタール人追放をテーマにした歌『1944』は、まさに今の私たちなの」

「ジャマラが優勝して、ロシアがカンカンに怒っているね」

「ウクライナ代表のジャマラが優勝したので、来年のユーロビジョンはキエフで開催されることになったわ。ロシアはどんな横槍を入れてくるかしら」

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ウクライナを歩く57

二日酔いにはレモンティー

目を覚ますと、窓外がうっすら明るくなっている。電車は速度を落とし、静かに走る。向かいのベットに目をやると、黒髪の美女はかすかに寝息を立てている。

昨夜は調子に乗りすぎてウオツカを飲み過ぎた。頭がふらついている。こんなときはレモンティーに限る。

ステップに足を乗せ、よたよたと下に降りる。車両が揺れ体勢が崩れ、向かいのベットに手をやった。そのとき、彼女のふくらはぎに触れた。触れた瞬間に、いや触れる一瞬前にその柔らかさを感じ、どきりとした。さっと彼女の顔を見た。幸いなことに彼女は気付くことなく夢の中を漂っている。胸を撫で下ろした。お陰で酔いが吹っ飛ぶ。

車掌室を覗くと、腹の出た不機嫌顔の中年男が面倒臭そうに紅茶を淹れている。淹れるといっても、車掌室前にあるタンクからグラスに湯を注ぎ、ティーパックを垂らし、薄切りレモンを入れるだけだ。

「レモン入り紅茶を一杯お願いします」

そう言うと、車掌は明らかに不機嫌そうに舌打ちした。なんだこの態度は。それ以上何も言う気がしなくなり、車掌室を後にし自分のベットへ。

仕方なくスイカ味のチューインガムを噛むことに。5分ほど経った頃、車掌がやって来てぶっきら棒にレモンティーを差し出した。それを受け取ると、車掌は手のひらを出す。グリヴナ硬貨を渡すと、何も言わずズボンのポケットに仕舞って去った。

気分が良くない。少し抵抗しようと思ったが、車掌になされるがまま。そんな自分に腹立たしくく思ったが、寝起きで二日酔いの頭ではしっかり考えられない。

鉄のカバーが付いた縦長のグラスになみなみと注がれたレモンティー。砂糖をたっぷり入れて、一口すする。グラスに刺してあるスプーンが目に入らないように右目を閉じながら。そういえば、こんな小説があった。ロシア人スパイがアメリカ人だと偽っていたが、紅茶を飲むときに片目を瞑ってばれる。なんとも間抜けな話だ。

最後の一口を啜ったときには、すっかり目が覚めていた。

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ウクライナを歩く58

イギリスEU脱退、プーチン高笑い

キエフに戻ってきてから、夜行列車で出会った黒髪の美女のことが気になっていた。一瞬触れたあの柔らかいふくらはぎの感触を思い出す。階段を降りているとき、ボルシチを口に含んだとき、そんな何気ない日常のなかで、ふと指先から記憶が蘇る。

思い切って電話をすることにした。

「アリョーナ、元気にしているかい」

「お電話、嬉しいわ」

想定外の返事に、顔が火照った。

「おしゃれなカフェができたので、これから一緒に行かないか」

「いいわね」

電話を切り身支度をした。まだ時間があるが、落ち着かず部屋を出た。

カフェは賑わっていたが、ちょうど奥まったところに一席空いていた。向かい掛けの席ではなく、カップルが並んで座る特別な席だった。

約束の時間より1時間も早い。手持ち無沙汰なので、コーヒーを啜りながら、アレクシエービッチの本を開いた。ノーベル賞受賞後、生まれ故郷であるウクライナでも再評価されている。

しかしながら、彼女のことが気になって、目が文章の上を滑って頭に入らない。何度も同じ文章を読みながら、入口をちらちら見る。

30分ほど遅れて、アリョーナが店にやってきた。夜行列車のときとは違ってエレガントな衣装に身を包んでいる。

席を立って彼女を迎える。ハグする。ほのかに甘い香りが鼻に抜ける。この香水シャネルだ。

席に着きコーヒーを注文すると、アリョーナはバックから新聞を取り出した。

「イギリスがEUを脱退したわ。この新聞を見て。1面にイギリス以外のEU加盟国27カ国の国旗を出して、その横にそれぞれの国の言葉で『さようなら』て書いているの。EU離脱派の英字新聞よ」

「世界中が混乱しているね」

「これはプーチンの仕業よ。ロシアの工作員が仕組んだとこなの。プーチンの高笑いが聞こえてくるわ。どう思う? 意見を聞かせて」

どうやらロマンチックな話にはなりそうにない。店員に濃いめのコーヒーをもう1杯頼んだ。

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ウクライナを歩く59

EUを解体する移民問題

濃いめのコーヒーを飲みながら、切り出した。

「確かにプーチンの仕業かもしれない。しかし、根っこには移民問題があるよ」

アリョーナはコーヒーカップを両手で握り、私の目を見つめた。

吸い込まれそうな瞳を見つめながら、私は続けた。

「大量に流れ込んできた移民にイギリス人は辟易しているんだよ。治安が乱れ、街が荒れ、暮らしに不都合を感じる人が多くなっている現実がある」

「それは分かるわ。ティムール・ヴィルメシュが書いた『帰ってきたヒトラー』がドイツでベストセラーになったわ。この本を読んで、ドイツ人が移民に辟易している現状を知ったから」

「映画化もされたね。撮影していくなかで、多くのドイツ人がヒトラーを求めている現実に直面し、監督もヒトラー役の俳優も戸惑ったというインタビュー記事を読んだ」

コーヒーがあまりに濃いので、ミルクを注いだ。そして、加えた。

「イギリスがEUを離脱した根本は移民問題だよ。移民問題の根は深く、EUを解体するかも知れない」

私の話をじっと聞いていたアリョーナはコーヒーをスプーンでかき回しながらぽつりと言った。

「もしかして移民問題を仕掛けたのもプーチンかも…」

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ウクライナを歩く60

テレビジャーナリスト殺される

カフェでアリョーナとEU解体危機について話し合った後、本やインターネットサイトでEUに関する記述を片っ端から読んだ。

EUを家族に例えた話が面白い。ドイツが肝っ玉母さん、フランスが優柔不断なお父さんという。ギリシアやブルガリアは子どもたち。イギリスの演じる役がない。大国にもかかわらず、家庭に居場所がないという。

そんな居心地の悪さを感じながらも、EUにとどまっていた。

しかし、そこに移民問題が絡み、国民投票となった。

「EUにいれば、イギリスは滅亡する」と怪しげな団体が宣伝活動を猛烈に行い、国民は乗せられた。 EU離脱が決まると、そういった団体はさっと影を潜めた。イギリスはこれからどこへ行くのだろう。

そんなことを思いながら、部屋のソファーでミルクティーをゆっくり飲んでいた。

携帯電話が鳴った。アリョーナからだ。もう色っぽい妄想をすることなく、何か事件があったに違いないと考える。

電話を取ると、アリョーナは強い口調で言った。

「ロシアのテレビジャーナリスト、パーベル・シュレメトが殺されたわ」

「昨年2月に射殺されたロシア野党の有力指導者、ボリス・ネムツォフの友人だね」

「そう。車に爆弾が仕掛けられていたの」

「どこでだい?」

「キエフ市内よ。内縁の妻の車なので、彼女が狙われたのか彼自身が狙われたのか捜索中」

一息置いて聞いた。

「プーチンに楯突いている彼自身が狙われたんだね」

アリョーナは力強く言い放った。

「その通り。間違いないわ」

「もしかして移民問題を仕掛けたのもプーチンかも…」

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ウクライナを歩く61

モナリザはプーチン?

マイダン(中央広場)にある本屋を気に入っている。広くて、あらゆるジャンルの本や雑誌が揃えられている。

今の自分にとって必要な本を探しながら各コーナーをゆっくり歩く。プーチンのコーナーが設けられてある。数ある中で、びっくりするような特集をしている雑誌を見つけた。「プーチンは不老不死」と表紙に大きく書かれてある。

ページをめくると、非科学的な記事と写真で埋め尽くされている。1920年に撮影されたプーチンそっくりの兵士の写真、1941年に撮影されたプーチンそっくりの飛行士の写真。確かに似ている。

モナリザはプーチンを描いたものだという記述には笑いが込み上げてきた。

ほかにも、歴史上の人物の写真や絵画がページをめくってもめくっても?出てきた。よくもこれだけプーチンそっくり写真や絵画を集めたものだ。

最後には動物の写真まで出てきて、笑わせてくれる。

締めくくりは「プーチンは永遠に生きる吸血鬼だった」。ここまでくると、何でもありだ。

顔を上げると、青年実業家アルトゥールが立ってた。

「やあ、元気かい。久しぶりだな」

声をかけると、アルトゥールは驚いた表情で握手を求めてきた。

「こんなところでばったり会うなんて、嬉しいな」

硬い握手をし、アルトゥールに聞いた。

「この本屋へはよく来るのかい」

「いや、時々だよ。今、ドネツクへ行く準備をしているんだ」

「大丈夫なのかい」

「これからますます戦争が大きくなるよ。包帯など、足りない物資を我々で持っていくんだ。1カ月ほどの逗留になりそうなので、本も持っていこうと思い寄ったんだ」

「十分気をつけるんだよ」

アルトゥールは大きく息を吸って「ありがとう」と言った。

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ウクライナを歩く62

ロシアがクリミアに対空ミサイルシステム配備

久しぶりの再会で積もる話もあり、書店を出てアルトゥールと近くのカフェへ移った。カフェへ着くまで、歩きながらも話が弾んだ。

カフェに入ると、テラス席を選んだ。昼下がりのカフェはすいており、私たちの他には2組のカップルしかいない。

コーヒーで再会を祝うのも野暮なので、濁りビール(0・5リットル)を2杯注文した。

「ウクライナのために」

勢いよくグラスを合わせ乾杯。2人とも同じ言葉を発したので、驚き、互いに目を丸くした。

「クリミアにウクライナの特殊部隊が爆弾を持ち込もうとして、失敗してしまったのはどういうことだい」

私がアルトゥールに疑問をぶつけると、彼は首を横に振りながらこう答えた。

「あれはロシアの茶番劇だよ。ウクライナの特殊部隊はそんなヘマはしないさ」

「どういうことだい」

「同じ日に、ロシアはクリミアに最新鋭対空ミサイルシステムS400を配備しただろう。これがすべてを物語っいるよ」

「では、ロシアの自作自演なんだね」

「その通り。自分たちでウクライナ特殊部隊を装って爆弾をクリミアに持ち込んだ。待ち構えていたFSB要員と戦い、捉えられた。これがあらましだよ」

「ロシアは2人の死亡者が出たと発表しているが、そこまでするかい」

アルトゥールは、嘲笑まではいかずとも半ば呆れたような表情になった。

「甘いな。ロシアだよ。それぐらいは序の口」

ビールを喉に流し込むアルトゥール。私も真似て残り3分の1を一気に飲み干した。

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ウクライナを歩く63

新幹線でドニプロへ

ドニエプロペトロフスク国立大学で日本文学を教えているタラス教授から電話があり、特別講義をすることになった。テーマは任された。

現在、日本人教師がおらず、ぜひとも生日本人の講演会を開こうということになったようだ。

電子メールで送られてきた切符を持ってキエフ中央駅へ。早朝にも関わらず、賑わっている。

ホームへ出ると、程なくして新幹線が入ってきた。ヒュンダイ製の真新しい電車だ。1メートル80は優にある女優のような車掌がドアの前に立っている。笑顔で「ようこそ」。ウクライナも変わったものだ。10年前ならこんなサービスは夢のまた夢だった。

静かに走る車両。ゆったりとした2人掛けのシートで脚を伸ばせるのが嬉しい。隣の席は空いており、靴を脱いで胡座をかいた。

車内にWi−Fiの表示を見つける。ウクライナはWi−Fiの設置が進んでいるが、新幹線にまで付いているとは予想外だ。

アイフォーンを立ち上げWi−Fi接続をする。サファリ(検索用アプリ)を開いて大学のあるドニエプロペトロフスクという街について情報収集する。反ロ感情が高まり、この5月にドニプロと改称されている。程なくして、Wi−Fiが切れた。上手く繋がらない。技術が追いついていないのだろう。

車窓に流れる長閑な景色を眺めていると、今現在東ウクライナで戦争が繰り広げられているということが幻のように思えてくる。

しばらくすると、ワゴン販売が始まった。

若い男性2人がワゴンを運んでくる。ホットコーヒーを注文。ぎこちない手つきでコーヒーを紙コップに注いでくれる。どちらかが仕事始めでぎこちないなら分かるが、2人とも同程度だ。そこがウクライナらしいのかもれないと思いながら、コーヒーにたっぷりミルクと砂糖を入れて啜った。

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ウクライナを歩く64

ドニプロジェレジンスク駅で降りる

キエフから約6時間。揺れの少ない快適な列車の旅だった。ドニプロペトロスク駅の一つ手前、ドニプロジェレジンスク駅で降りた。

タラス教授は友人のビクトルさんを迎えに寄こした。ビクトルさんはこの街に住んでいる。ここは右派セクターの創設者ドミトリー・ヤロシの出身地でもある。

電車を降りると、ビクトルさんが笑顔で立っていた。握手し、ハグ。電話では話をしていたが、久方ぶりの再会だ。彼はウクライナを代表する銀行の役員で、裕福な暮らしをしている。身なりを見ただけて分かる。上から下までブランドに包まれている。包まれているといっても、シンプルなポロシャツにジーパン、ソフトシューズだが、すべて高級感がある。

「あなたのような偉い人が迎えに来てくれるなんて、恐縮します」

「ぜひあなたにお会いしたくて、タラス教授に申し出たのです」

駅前にはトヨタの黒いランドクルーザーが停まっている。車の後ろを開け、カバンを積み込む。

「お腹が空いたでしょう。まずは腹ごしらえをしましょう」

そう言って、車を出した。ドミトリー・ヤロシの出身地という情報が頭に入っていたので、どんな街なのかと内心構えていたが、平凡な地方の街並みだった。

数分走ると、洗練されたレストランが見えた。街並みとはいささか馴染まない佇まいだ。

中へ入ると、近未来的な内装のイタリアンレストランだ。店員は男女数人ずつおり、皆スマートな笑みを絶やさない。こんな店は10年前のウクライナでは皆無だった。時代の変化を改めて感じた。

ビクトルさんがブロンドの受付嬢に小さく微笑んで冗談を投げた。

「日本人が来たんだ。和食はあるかい」

この冗談には日本人を連れてきた自慢も多少含まれている。

受付嬢はにっこりして返した。

「残念ながら、本日は和食をご用意しておりません」

ビクトルさんは、またやられたましたという顔を私に見せた。

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ウクライナを歩く65

第三次世界大戦は既に始まっている

イタリアンレストランの料理は、店の雰囲気と同じく洗練されている。まずはサラダが運ばれてきた。真っ白の皿に緑と赤の野菜がバランスよく盛り付けられている。野菜を口に含むと、甘酸っぱいドレッシングがパッと口の中に広がる。今までに味わったことのないさっぱりした味だ。黒パンにもよく合う。

ペリエで喉を潤しながら、食事を楽しむ。こんな片田舎でここまでのイタリアンが出るとは正直驚いた。食事が美味しいと、会話も弾む。深刻な内容の会話でも輝いて響くから不思議だ。

ビクトルさんはナプキンで口元を拭いながら、呟くように言った。

「第三次世界大戦はウクライナで始まりましたね」

慌てて、私は問うた。

「ドンバスでのウクライナとロシアの戦闘がですか」

「そうです。長い長い前哨戦です」

インテリらしくビクトルさんは静かに答えた。

その後、2人の間には静かな時が流れ、カンツォーネのBGMが場をつないだ。名は知らぬがベテラン男性歌手の歌声がレストランにほのかに響く。フォークとナイフが皿に当たる音を和らげる効果もあり、安心してイタリアンを頬張った。

メーンの鶏肉料理を平らげるころには、お腹も頭もいっぱいになっていた。

食後のエスプレッソを飲みながら、ビクトルさんは語りかけるように言った。

「あなたの国の隣でも不穏な動きがありますね。北朝鮮がミサイルを発射する前に韓国が攻め入るのではないでしょうか」

頷きながら私は聞いていた。

「そうなれば、米国が韓国の援護射撃をするでしょう。米国が出れば、日本の自衛隊も動くでしょう」

2人ともエスプレッソを飲み干し、追加注文した。

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ウクライナを歩く66

私たちはコサック

2杯目のエスプレッソを味わいながら、ウクライナが今現在どのような位置に置かれているかというテーマで話をし合った。エスプレッソ2杯はすぐになくなり、ペリエを追加で注文した。

日はまだ高く、ビールやワインを飲むには早い。

それに、この後は学生を前に講義をしなければならない。

話題は4者会談に移った。停戦が実現しない現状に業を煮やし、ドイツ、フランスが4者会談を提案した。

ベルリンで、ドイツのメルケル首相、フランスのオランド大統領が仲介役で、ポロシェンコ大統領とプーチン大統領が話し合った。月日のことだ。

「これで停戦は実現するのだろうか」

そんな私の問いに、ビクトルさんは首を横に振った。

「ただのポーズですね」

同じことを考えていたので、やはりそうなのかと得心した。同時に、かすかな望みを抱いていた自分が愚かしく思えた。

「これからウクライナはどうなるのでしょう」

不安な気持ちをぶつけると、ビクトルさんは胸を叩いて笑顔で答えた。

「大丈夫。私たちはコサックです。日本流に言えば、武士です。最後の1人になるまで、戦います」

珍しく大きな声になって、断言した。

「私たちは負けません。ロシア人は私たちほど根性が座っていません。最後は必ず、ウクライナがロシアを制します」

ペリエのおかわを持ってきたウエイトレスが手を叩き、ビクトルさんを頼もしそうに見つめた。

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ウクライナを歩く67

ドニプロペトロフスク大学で講義

腹ごしらえができたので、ドニプロペトロフスク大学へ向かう。ビクトルさんの運転は滑らかで、心地いい。イタリアンで満たされた腹は脳に睡眠の信号を送るようだ。うとうとしていたが、いつの間にかドニプロペトロフスク大学に着いていた。時計を見ると、1時間が過ぎていた。

ぼんやりした頭で建物に入り、教室へ。

白髪で長身のタラス教授が笑顔で迎えてくれる。

「遠方のところ、よくいらして下さいました。心よりお礼申し上げます。久方ぶりの再会を嬉しく思います」

ハグして握手。再会を喜びあった。

「日本語を学ぶ学生が先生をお待ちしています。主に4年生ですが、他の学年も混ざっています」

教室では30人ほどの学生が笑顔で迎えてくれた。9割方女子学生だ。

日本の文学事情について話をして欲しいというリクエストなので、早速質問から始めた。

「どんな本を読んでいますか」

栗毛で鼻筋の通った女子学生が手を挙げる。

「今、私は『源氏物語』を読んでいます。分かりにくいところがあるので、教えていただけませんか」

そう言って、古い上製本を開いて差し出した。

見て、驚いた。活字になっているものの、原文だ。学生のときに習った古文の知識でしどろもどろ答えたが、納得してもらえたか心許ない。

次に、ノッポの男子学生が手を挙げた。

「私は村上春樹とよしもとばななを読んでいます」

想定していた答えに胸をなでおろした。

村上春樹とよしもとばななの作品の特徴を解説すると、男子学生は満足した表情で、「大変参考になりました。誠にありがとうございます」と深く頭を下げた。

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ウクライナを歩く68

トランプはウクライナを売るか

ドニプロペトロフスク大学での講義を終えて、近くにあるウクライナレストランへ。タラス教授、ビクトルさん、そして4年生のマリアちゃんとテラス席に着いた。ビクトルさんがおすすめ料理を選んでくれた。ここはビクトルさん一押しの店だ。

まずはクワスで乾杯。一口飲んで、目がぱっちり開いた。濃くて喉に刺さる。しかし、喉から胃袋に入るころには口の中に何とも言えない香ばしい味が広がる。

もう一口飲む。さらに口の中にクワスの香りが渦巻く。もう一口、もう一口。癖になる。気付くと、頬が火照っている。度数が高いクワスは初めてだ。クワスは甘酸っぱい炭酸飲料で、アルコール度数はほぼゼロだ。日本の麦茶のようにウクライナでは飲まれている。これまでいろいろなところでクワスを飲んできたが、初体験のクワスだ。ボルシチ、メーンの鶏料理すべてが濃い味付けだ。濃い味の好きな私にとって堪らない。頬張りながら親指を立ててビクトルさんに「おいしい」合図を送る。タラス教授、マリアちゃんも目を丸くしながら頬張っている。

ハンガリーに近い西ウクライナでは濃いウクライナ料理を食べたが、それ以来だ。食後チャイを飲みながら、マリアちゃんが愛嬌のあるアクセントの日本語で呟くように言う。

「ノーベル文学賞はボブデュランに決まり、アメリカ大統領はトランプに決まったわ。世界はこれからどうなるのでしょう」

タラス教授が教室で教えるように語る。

「ボブデュランは毎年のようにノーベル文学賞が期待されていました。トランプが大統領になるというのはマイケル・ムーア監督がずっと力説していました。多くの人が鼻で笑っていましたけれど」

ビクトルさんが続いた。

「マリアちゃんの心配はよく分かります。ボブデュランはいいとして、トランプがアメリカ大統領なると、ウクライナは見捨てられるかもしれません」

タラス教授が追い打ちをかけた。

「見捨てられるどころか、ロシアに売られる心配があります」

マリアちゃんは沈んだ顔になり、瞳を潤ませた。

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ウクライナを歩く69

子殺しまで行われるノヴォロシア

固まった空気を和らげようとして、ビクトルさんは小声で言った。

「巷では『1人のフイロならまだしも、2人のフイロが生まれると、世界は破滅する』と言われていますよ」

マリアちゃんが顔を赤らめ俯いた。フイロとは男性の性器を表す言葉で、馬鹿にするときに使う。ウクライナでは、プーチンをフイロと呼ぶ。プーチンと手を結ぼうとする米国次期大統領トランプのこともフイロ扱いだ。

タラス教授は語気を強めて言う。

「ロシアと米国が手を結んで世界を滅亡に導いたとしても、ウクライナは最後まで戦い、生き残ります」

マリアちゃんは身を乗り出してその言葉を受け止める。

タラス教授は続ける。

「ロシアはすでに内部崩壊が始まっています。ロシアは外的には強いのですが、内部は脆いのです」

ビクトルさんは何かを思い出しように目を閉じて言った。

「ノヴォロシアと勝手に名乗るドネツクでは、子殺しまで行われています」

マリアちゃんは目をパチクリさせる。

「子どものいない夫婦が15歳の男の子を養子として孤児院から引き取りました。25歳になった今年、寝込みを襲って刺し殺したのです」

マリアちゃんは「どういうことなのですか」と目を赤くして聞いた。

「真実に目覚めた里子が『ウクライナが正しい』と主張し始めたのです」

マリアちゃんは言葉を失った。

タラス教授は呟くように言葉を漏らした。

「そんな理由で…」

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ウクライナを歩く70

カウントダウン

大晦日。ドニプロペトロフスク滞在中にセルゲイ君から電話があり、カウントダウンはキエフのセルゲイ君宅ですることに。彼はラジオのDJとして活躍しており、年越しはミュージシャン仲間と朝まで飲むという。なぜかミュージシャンではない私にまで声がかかった。

夜の9時過ぎにシャンパンとチョコレートを持ってセルゲイ君の家を訪ねた。

ドアを開くと、すでに数人の男女が飲めや歌えのどんちゃん騒ぎをしている。さすがミュージシャンの集まりだ。ギターを弾く者、トランペットを吹く者、高音で歌う者が入り乱れているが、心地よいサウンドで耳に入ってくる。

大音量だ。日本では隣近所から苦情が出るが、ウクライナではない。どんなに大きな音を出しても、どんなにドタバタしても、下の部屋からも横の部屋からも苦情は一切ない。大晦日だから特別というわけではなく、普段からそうだ。

「待っていましたよ」

セルゲイ君が人懐こい笑顔で迎えてくれた。奥さんのニーナが大きなお腹を抱えながら満面の笑みをたたえている。この夫婦の笑顔は最高だ。会うたびにそう思う。

シャンパンとサマゴン(自家製ウオツカ)を数杯飲んでいい気分になり、日本のポップスを歌った。ギタリストが歌に合わせて伴奏してくれ、乗りに乗った。

気づくと後少しで年越しだ。

皆、グラスにシャンパンをなみなみと注ぎ、カウントダウンを待つ。さ、いよいよカウントダウン。10、9、8…3、2、1。新年おめでとう。乾杯し、抱き合い、2017年酉年の始まりを祝う。もちろんウクライナでも十二支がある。

ロシアを蹴散らし、ウクライナに平和が訪れるよう、口々に叫びながら祈った。外では花火が打ち上げられ、夜空をきらきらと照らしていた。

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ウクライナを歩く71

マランカで大賑わい

ロシアとの戦争が始まり3年が過ぎた。2013年11月、当時の大統領ヤヌコビッチがEU入りをやめ、ロシアに寝返ったことに対して学生たちが立ち上がったのが発端だ。こんな顛末になろうとは誰一人として考えていなかった。国内が混乱している隙に付け込み、プーチンはクリミアを奪い取った。それだけでは飽き足らず、東ウクライナに進駐。卑怯な手を使ってウクライナを攻め続けている。

歴史を振り返ると、ソビエト社会主義共和国連邦成立まで、4年にわたりウクライナの若者たちはボリシェビキと戦い、そして破れた。この苦い経験があるので、今回ウクライナはロシアに負けるわけにはいかない。最後の1人になるまで戦う覚悟ができている。

ロシアとの戦争でウクライナ人の民族意識が高まっている。街にはメイド・イン・ウクライナの店ができ、人びとはウクライナ産のものを選んで買うようになった。

ウクライナに昔からある祭の復活も盛んだ。正月はマランカ。この世に戻ってくる祖先を迎える祭で、戦争前は田舎でしか行われなくなっていた。今年はキエフでも盛大に行われ、大賑わい。

おどろおどろしマスクを被った男たちが、車に乗ったり練り歩いたりしながら、キイキイ声を発している。

後ろの方で大笑いしている人集りがあるので振り向くと、プーチンのマスクを被った男とトランプのマスクを被った男が抱き合ってディープキスしている。

「トランプもプーチンの男色相手になってしまった」

あちらこちらからこんな声が聞こえてくる。とうとうアメリカもロシアの手下になってしまったと人びとはため息混じりに笑う。

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ウクライナを歩く72

アブデーフカで戦闘激化

燻っていた炭から炎が上がるように、ドネツク州のアブデーフカで戦闘が激化している。1月29日ロシア軍が暴れ出し、8人が死亡、29人が負傷。

トランプを手下にしたプーチンは、ニタニタしながら動き出したのだ。マランカで見たプーチンとトランプのディープキスはこのような形で現実化したのかと脳裏を過ぎった。

テレビでは逃げ惑う老人や子どもが映し出されている。人口2万人のアブデーフカは地獄のようだ。

食い入るように画面を覗き込んでいると、ドアのベルが鳴った。ドアホンを取ると、大晦日のカウントダウンを一緒にしたセルゲイ君の声がした。

ドアを開けると、肩で息をする彼が立っている。

「嫌な予感がしていましたが、的中しました。ロシアの攻撃が激しくなっています。戦いに向かう友だちを応援するために曲を作ったので、ぜひ聞いてください」

部屋に入ってもらい、コーヒーを淹れた。

「まずは体を温めてください」

2口ほどコーヒーを口にするや、セルゲイ君はポケットからiPodを取り出し、イヤホンを接続すると、私の耳に押し込んだ。

激しい音楽が鼓膜に響いた。ビートが効いた縦ノリの演奏に合わせて野太い男性が叫ぶように歌う。心臓に突き刺さるインパクト。まさに戦士の士気を鼓舞する音楽だ。しばらく聴いていると、不思議な力が漲ってくる。

知らず識らずのうちに目が開き、眼球が飛び出しそうだ。そんな私の目を見て、セルゲイ君は得意げに微笑んだ。

「いい曲でしょう」

私は何度も首を縦に振った。

鼓膜を震わす音楽は私と一体化し、やがて恐れや悲しみのない空っぽの状態になっていた。

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ウクライナを歩く73

ドンバスで「祖国防衛者の日」

セルゲイ君は控え目ではあるが誇らしげに言う。

「僕ができることはこれぐらいしかありません。腕っ節は弱く、性格は臆病なので、最前線で戦う勇気がないのです。しかし、音楽で戦士を勇気付けることはできます」

私は大きく頷いて、相槌を打つ。

「君の作る音楽は、確かに計り知れない力を持っています。人の心を強くします」

「ありがとうございます」

私はさらに続けた。

「強くするだけでなく、無にするのです」

目を丸くして、セルゲイ君は尋ねた。

「それはどういう意味ですか」

「無になった心は恐れや不安を感じなくなります」

セルゲイ君は右手の親指を立ててポーズを作った。

「もう一杯コーヒーはいかがですか」と聞くと、「お願いします」と礼儀正しくカップを返した。2杯目のコーヒーを飲みながら、セルゲイ君は言う。

「戦争が長引き、政府に不満を持つ人も増えてきています。ポロシェンコ大統領にもっとがんばってほしいものです」

「光熱費が高騰し、マイダン(独立広場)や最高議会前では抗議集会が盛んに行われていますね」

「あの中に僕の友だちもたくさいます」

「一日も早くロシアを追い出して、戦争を終わらさなければなりませんね」

「ドンバスでロシア軍は2月23日の『祖国防衛者の日』を祝ったようですが、冗談も休み休みにしてもらいたいです。他人(ひと)の国で祝うのではなく、自国へ帰って祝えばいいではないですか」

顔を赤らめて力説するセルゲイ君を見ていると、臆病者の影は微塵もなく、勇者の風格さえ感じられた。

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ウクライナを歩く74

ウクライナにおける日本年

東京に住むピアニスト、山野秋子からメールが入った。高校時代のクラスメイトだ。東京で活躍していると風の便りで聞いていたが、突然メールが入ったので驚いた。どうして私のことが分かったのだろうか。彼女も風の便りでウクライナにいる私のことを知ったのだろうか。

旧姓のままだったので、すぐに分かった。

「ご無沙汰しています。山野秋子です。覚えていますか」

前置きが長々と書かれていた。その後に、短くこうあった。

「今年はウクライナにおける日本年ということで、ウクライナから招かれています。ホテルと食事は用意されるようですが、往復のエアチケットは出ないようです。私の他にも、演奏者や劇団員20人が招かれています」

そこまで読み、彼女との再会を思い浮かべ、心が静かに揺れた。さらに、読む。

「ポルタワ州のゴーゴリ劇場の舞台に立つようなのですが、ポルタワ州のこともゴーゴリ劇場のことも情報がなく、不安に思っています。教えてください」

数年前に行った古びたゴーゴリ劇場を思い出した。キエフではなく、なぜポルタワなのかと疑問に思いつつ、何人かの友人に電話で聞いた。

キエフ大学で教鞭をとる友人、日本センターのスタッフ、バレリーナ…。誰もがぼんやりとしか知らない。日本年もゴーゴリ劇場も。

仕方なく、日本大使館に聞くと、日烏外交樹立25周年事業という。しかし、余りにも盛り上がっていない。

彼女にどう返事をしようか。ウオツカでも飲んでから文面を考えようと、台所に入った。

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ウクライナを歩く75

ズベルバンク閉店に

ウクライナでのピアノ演奏を楽しみにしている山野秋子をなるべく落胆させまいと、表現を柔らかくしながら文章を練った。

不特定多数に対する文章はここまで気を使うことはない。やはり、対象者一人に対する手紙が最も難しい。これは電子メールになっても同じことだ。作家の手紙が全集などに収録されることが多いが、作家本人の立場になると、どうだろうか。草葉の陰で「それは載せないで」と叫ぶ者も少なからずいるだろう。もっとも愛読者にとっては、たまらないが。日記も同じだ。

中には、将来全集に入るだろうと夢想しながら手紙や日記を書く作家もいるだろうが、数としては稀だ。

そんなことが頭の中を駆け巡った。なんとか当たり障りのない文章がまとまり、送信ボタンを押した。これで彼女が納得してくれればよいのだが、と一抹の不安を抱えながら。

ウオツカの口直しに紅茶でも飲もう。

ガラスのポットに紅茶の茶葉を入れ、沸騰したお湯を少し高めから入れる。ポットの中でジャンプする茶葉を見ていると、心が落ち着く。3分経ったところで、温めたカップに入れる。一口含む。まずまずの出来だ。

紅茶を飲みながら、テレビのスイッチを入れる。ズベルバンク閉店のニュースだ。ここまで来たか。ズベルバンクはロシアの銀行で、ウクライナに150店舗ある。個人顧客1万人、法人顧客3万7000社を抱える。ウクライナ人はロシアの銀行をウクライナから追い出した。

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ウクライナを歩く76

ロシア崩壊のニュース続々

ロシアの内部崩壊は確実に進んでいる。

3月26日、ロシアの野党指導者アレクセイ・ナバリヌイが呼びかけ、モスクワで反政府デモが起こった。拘束者は1000人以上。モスクワだけでなく、ほかにロシア国内83カ所でデモが起こり、2000人以上が拘束された。

ナバリヌイがネットでメドベージェフ首相の贅沢三昧な生活を公表し、腐敗してると批判したのが事の起こり。視聴回数が1150万回を超え、人びとが立ち上がった。来年3月に行われるロシア大統領選挙に出馬の意欲を見せるナバリヌイがプーチンに喧嘩を仕掛けたのだ。

さらに、4月3日、プーチンの出身地であるサンクトペテルブルクで地下鉄爆破テロが起こり、14人が死亡。しかも、プーチン滞在中のこと。自爆テロはキルギス出身の22歳、アクバルジョン・ジャリロフトが行ったと判明。

テレビをつけると、ロシア崩壊のニュースで溢れている。新聞や雑誌なども同じだ。日々報道されるニュースから目が離せない。

さらに、4月6日に化学兵器を使ったアサド大統領への対抗措置として、トランプ米大統領はシリアにミサイル攻撃を行った。地中海の洋上に展開する2隻のアメリカ艦船が59発の巡航ミサイル「トマホーク」を発射したのだ。

アサド政権の後ろ盾であるロシア。そのトップであるプーチンは、想定外の出来事に怯んだ。

「トランプとプーチンは『ホモだち』ではなかった」という誰かのブログを見たとき、思わず吹き出した。

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ウクライナを歩く77

ユーロビジョンにロシア代表出場禁止

5月、いよいよユーロビジョンがキエフで開かれる。1956年から続いているヨーロッパ音楽祭だ。昨年スウェーデンの首都ストックホルムで行われ、「1944」を歌ったウクライナ人歌手ジャマラが優勝したので、今年の開催地がウクライナに決まった。

今年は62回目。欧米各国でコンテストが開かれ、各国代表が選ばれた。ユーロビジョンのファンは世界中におり、1億人以上。チケットは販売開始と共に売り切れ。

チケット発売日、ユーロビジョンのサイトを開いた。朝から忙しくて、サイトを開いたのは夜遅くなってからだった。

サイトを開いた途端、言葉を失った。5月13日21時から始まる決勝戦のチケットは既に完売。自らののんきさを恨めしく思った。

頭を切り替え、14時から始まるリハーサルのサイトを開いた。まだ少し残っている。ほっとした。

すぐに空いている席をクリックし申し込み、カードで支払った。その間にも、空席がどんどんなくなっていく。

安心すると、1日の疲れがどっと出た。冷蔵庫から濁りビールのペットボトルを取り出し、グラスに注ぎ一気に飲んだ。

テレビをつけると、ユーロビジョンの話題が目に飛び込んだ。ロシア代表の歌手、ユリア・サモイロワが出場禁止となった。脊髄性筋萎縮症を患い「車椅子の歌手」として知られている。ウクライナ政府の許可を取らずにクリミア半島に入ったのが原因という。

DJのセルゲイ君から電話があった。

「ユリアが来なくなってよかった。もし来たら、大変なことになる。ドンバスでロシアにやられ車椅子生活を送る帰還兵が暴れ出して止められなかったよ」

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ウクライナを歩く78

差別を受けるクリミア・タタール人

フレシャーチク通りのカフェで、タタール人のマリアとカプチーノを飲みながらまったりとした時間を過ごす。ウクライナ国内で戦争が繰り広げられているなんて、なんだか嘘のようだ。

作家志望のマリアは大人びた口調で世界の潮流を得意げに語るが、まだ初々しい少女の部分が見え隠れし、愛らしい。それもそのはずで、21歳を迎えたばかりだ。キエフ大学で日本文学を学んでいる。

私が現代日本文学についてキエフ大学で特別講義した折、最前列で食い入るように聞いていたのが彼女だ。村上春樹についてもっと聞きたいというので、大学横の小さなカフェへ場所を移した。啐啄同時とはよく言ったもので、黒い瞳を輝かせながら一言も漏らすまいと聴くので、こちらもどんどん喋り、気がつくと外が暗くなっていた。それからどちらが誘うわけでもなく時折カフェでお喋りしている。

マリアと会うのは久しぶりだが、昨日も会ったような感覚だから不思議だ。

歌手ジャマラがユーロビジョンで優勝してから、社会派小説を書くようになったマリア。それまでの叙情的な表現からガラリとスタイルを変えた。

「国際司法裁判所は、クリミア半島でロシアがタタール人を差別していると認定したわ」

こういった発言をするときのマリアは水を得た魚のようだ。

「クリミア・タタール人の民族組織メジュリスの活動制限を停止し、ウクライナ語による教育機会を与える仮保全措置をロシアに命じたわ」

「水を差すようだが、『ロシアによる親露派勢力支援の認定』を証拠不十分として退けたのは残念極まりないね」

先ほどまでの勢いは急になくなり、肩を落とした。

「政治家の駆け引きの犠牲になるのは、いつの時代も普通の人だわ」

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